ぼんやり日記

意識無意識

少しずつではあるけれど、精神的に持ち直してきた気がする今日この頃。
不思議なことに、まったく不思議なことなのだけれど、
そのきっかけは、寝ている最中にみた夢だったという、
つまり簡単に言ってしまえば、ユング的な自己治癒なんだけど、
それを実体験した身から言わせてもらえるならば、
本当にやばい時には、
本当にやばくなって初めて、
無意識ってやつは、ものすごい力で動き出す。
昔よく見たテレビのヒーロー物みたいに、
絶体絶命の危機で、もう為すすべもない時に
村の古い言い伝えにある魔神よろしく、
ムクムクと立ち上がるのだ。

僕の場合、それは森の中のコバルトブルーに光る半跏思惟の弥勒菩薩であったのだけど、
今だになんであんなイメージが立ち上がってきたのか分からないけれど、
心というのは、そんな深い森のようなものなのかもしれない。
青春の愛読書は、河合隼雄の「ユング心理学入門」だったくらいだから、
アニマだとかグレートマザーだとか、
アーキタイプについてよく知ってはいたけれど、
まさか自分自身の夢に、それらがヒョイと登場する日が来るなんて、あまり考えていなかった。
でも、振り返ってみると
これまでにも大事な時には、それなりの夢をみていたようで、それが特異なだけあって、今でもいくつか覚えている。

たとえば、村人がみんな片足の人々の村の夢。
これは大学時代にみた。
あまりにインパクトがありすぎて戸惑ったが、
その実僕は身体の不自由な子どもたちと関わる仕事を今に至るまで続けている。
もちろん、その夢をみた頃は、そんな将来についてこれっぽっちも想像してなんかいなかったけれど。
偶然といえば偶然かなあ。
イニシエーションの夢とも解釈できなくもないけど。

アニマといえば、
たとえば、それはあの女性
月夜に怪しく光る程の漆黒の肌をした不思議な女性
当然面識はないけれど、
僕は彼女と星空の下、
石造りの階段の脇で、
一緒に土を練って何だかわからない作品をつくった。
あれはアンリ・ルソーの絵のような、
なんともナイーブな夢。

そして今回は
コバルトブルーの仏像なんだから、
確かに度肝を抜かれる。
ただ、そんな夢をつくるのも
この自分自身だというのもまた事実。
無意識というのは、気難しくてミステリアスな友人のようなもの。
でも、確かに存在していて
現実の僕をちゃんと見ているらしい。
まあ、それが最後の救いでもあるのかもしれないけれど。

夢でしか生きられない自己というのも、
人間は抱えて生きている。
社会的な自分を立ち居振る舞わざるを得ない立場になる年頃になればなるほど、
天秤の向こう側の皿には、それに見合うだけのモノが必要になる。

今夜は月がきれいです。
月は光が当たる部分と、そうでない闇の部分が混在している存在。
だからこそ魅力的なんだと、
そうとしかまだ言えないけど。

地下室にうずくまる自分は、
いつになったら解放されるのか。

彼の存在に既に気づいてしまった。
でも、どうすれば良いのか、
まだ僕にはわからない。

人生に関わるような問題には
意識だけでは到底対処しきれない。
そのことは身体が知っている。
意識と無意識とが、手を取り合って何とかすること。
それは前例も何もないような、
突拍子もない手段によって成就されるかもしれないけれども。




| | コメント (0)

自己の溶解を食い止める作業を、自分以外に誰がすると言うのか

僕が僕であり続けるためには
ある種の努力が必要だ

僕が僕であろうとする時には
きまって まわりとの摩擦が生まれる
いわれのない(僕自身はそう思っている)批判に満ちた
軽蔑と嘲笑

僕は自身ではっきりと意識している

あのすさんだ思春期に学んだのは
自己を無防備にさらけ出す事は
そのまま、いやらしい生贄の素材として
自らを集団という暴力に投げ捨てるということ

以来、僕は本心をレアなままで出すことを辞めた。

鬱屈した自己をなだめながら、
外向けの自分を創り上げる事こそが、
この社会で生きる為の必然とすら思っていた。

それは、多分一般的に
必然なことなんだろう。
度合いは、それぞれだが
多分誰しも、そこの所を日々乗り越えながら、
自分を生きている。

ただ、問題なのは
押し込められた自分

そんな自分だって
「いるんだよ」
と言うためのスキルを身につけるべきであった。
僕はこの歳になって、もう遅いとは思いながらも、それを探している
地下室に押し込めた自己は
もはや瀕死の状態だ
彼が死んだ時、僕は生きる意味を喪う
彼を救うために
どのような手段があるだろうか

これは
僕自身の問題
これは
一生解決しないかもしれない

選択肢はふたつ

一つは
僕が僕であることを良しとしない、全てのことに向き合って、静かに、そしてしたたかに、
一人で闘うこと

もう一つは
僕が僕であることを止めること



| | コメント (0)

趣味ら蔵

趣味は大切な現実逃避の手段である。

先日、半ば強制的に職場からストレスマネジメントの研修に行かされたのだけど、(別に僕がストレスフルな日々を送っているからといった理由ではなく、ある年齢層の暇な人間を数人派遣しろといった上層からの指令による)その研修で話されたのが、仕事に関して使って疲労した脳を休めるには、その脳の部位から遠い場所の脳を使う事が有効だということ。
つまり脳内の血流が一箇所に集中せざるを得ない状況は、他に血流を流す以外に解決できないという事らしい。肩や腰みたいに、脳は揉みほぐせないからね。

だから趣味は、日常的に使わない脳の部位を刺激するものがいい。
僕にとってそれは絵を描く事であり、
楽器をいじる事である。
この部類の事柄の特徴は、
言語を用いないという事。
左脳ではなく、右脳優位な状況ともいえる。

最近、それに加えて新しい現実逃避のツールを発見した。
外国語学習である。
別に海外に逃亡したいわけではない。
外国語学習のシステムが、
僕の凝り固まった脳を自由にしてくれるようだ。

言語は何だって良かった。
日本に住んでいるなら、
ポルトガル語とかハングル語、中国語なんか実用的な気がするけれど、今回は実用目的ではなく、外国語学習のプロセスがその目的であるから、
なるべく、その学習ツールが手に入りやすい言語
つまりは、英語学習を使うことにした。

世間一般の人は耳を疑うかもしれないが、
ここ最近僕がやっている英語学習は、
ゴールがない。
つまり英語で誰かとコミュニケーションする事は目的ではない。
英語学習という行為自体が癒しになるのだ。

この感覚は、バイオリンの学習における、クロイツェル教本や音階練習を、演奏技術の向上を目的とするのではなく、その練習過程を通じた気持ちの安定を目的とする事に限りなく近い。

英語の言語感覚と日本語の言語感覚は、かなりな違いがある。そもそもソフトが違うのだ。さらにそれは、長い歴史の積み重ねの下に、民族のDNAに刷り込まれているような部類の感覚だ。例えば「株」と訳される場合もある英単語「share」この言葉と株が繋がる感覚は、英語ならではだと思う。株=stockって言い方もあるらしいけど、株=shareって、なんか本来の感じが出てる気がする。

外は大分と雨が降ってきた。
まだ月曜日。
もう日付けが変わってしまった。
厳密には既に火曜。
今夜も夜更かしをしてしまいました。
明日も仕事。
ストレスの海に頭から突入する覚悟をする事から、
日々の下らない日課は生まれる。



| | コメント (0)

秋空とシナトラのマリアージュ








先週の話。

休日の公園は、家族連れでいっぱい。
芝生の丘にコンパクトなテントを持ち込んでごろ寝するお父さんや、
遊具で遊ぶ子どもたち。
こんな光景に合う音楽って何かなあと、
イヤホンを耳に突っ込んで、
SONYのWALKMANで色々試していたら、
1940年から1950年にかけて録音された、
若きフランクシナトラの歌が一番しっくりきました。
小さな驚きと、静かな幸せ。
料理に合うアルコールを選ぶように、
風景に合う音楽を選ぶのも、楽しいものです。

池の周りを歩きながら、
また、とりとめもない思索。

「人は結果でしか見てくれない」
若い頃よく言われた言葉。
オトナの社会ってのは厳しいんだぞ!結果がスベテなんだぞ!って、叱咤激励の意味で言われたのかもしれないこのネガティブなセリフも、
例えばこう言い換えて見たら、
イメージがちょっとは薄まるのかもしれません。

「人は結果でしか見てくれない」のではなく、
「人は結果でしか見ることができない」と。

そうすることで、わかってくれないと嘆く事から、
少しだけ主体的になれるかもしれない。

言葉には魔力があると思う。

でも、そこで新たな悩みが生まれる。
この「結果」というのの意味。
「結果」を判断するのは誰なのか?
そこがつまりはこの問題の根っこなのかもしれません。

池に綺麗な空が映っています。
やっと秋が感じられそうです。

| | コメント (0)

進歩ではなく進化



様々な情報に、これだけ楽にアクセスできる世の中になり、インターネットの世界が、それがOFFの世界と、大して違わなくなると、10年前に感じたような、あのヴァカンス的な開放感は、もはや遠い昔の記憶。

先日、NHKの番組でセカンドライフという名のヴァーチャルコミュニティに参加する、ASDアバターたちの特集がありました。今やブームの去ったこのツールは、ASDの人々の認知様式に上手くフィットしているらしく、
現実の社会では、生活をスムーズに行うのに、克服しなければならない様々な障壁を、このツールを用いることで比較的無理なくクリアできるらしい。日常の雑多なノイズへの対処から解放された彼らは、本来の独創性や、クリエイティビティを自由に発揮している様子。
交信理論で有名な心理学者、梅津八三が言うように、障害はどちらか一方にある訳ではなく、その間に存在するはずのものだとするならば、それは関係を生み出す両者にかかわる問題である。だから障害に「者」をくっつけると、障害という言葉の意味を、魔法みたいに違ったものに変えてしまう。
人類は長い歴史の中で、地球環境の変化に上手く適応できたから、今まで生き続けてこられた。
人間の強みは、その柔軟な適応能力なんだと思う。
例のNHKの番組で、あるアメリカのASDの男性が、深夜に出勤するシーン。
今まで不適応を起こし、職を転々としていたが、
今の仕事は、18年続いている。
彼はそれを
「進歩ではなく、進化だと思っている」
と言っていた。

| | コメント (0)

手と手が音を産む

何を考えているのか分からない存在。
もしかしたら、永遠に理解できないかもしれない。
分かり合えないかもしれない。
例えばそれは、道を小走りに走る猫
それは、電線に鳴くムクドリ
そんな分からない存在が、
心を癒すこともあります。

分かり合えない問題を相手に全部丸投げするのは、解決にはつながらない。
大事なことは自分と相手の間にあるのかもしれない。


| | コメント (0)

いっぱいいっぱい

僕はもうこんな年齢まで
人間を生きてしまったから、
いや、このくらいの年齢まで人間として生きたからこそ、
自分がこの地球上の、限られた空間のある面積を占有する意味を考える事も、
まあ、たまにとは言わず、
それなりに、
あってもいいんじゃないかな。
自分自身が納得するという限定付きの答すら、
見つかる可能性が薄いけれども。

世の中に腰までどっぷりとうずまって、
部屋で暴れる蝿みたいに、
あっちにぶつかり、
こっちにぶつかりしながら、
批難する相手が何を考えているのかを、
足りないなりに必死で察し、
相手の望むやり方を探りながら、
怯えて、縮こまって、
今日までなんとかやってきました。

これだけで、この事を本当に理解してくれる人は、
この世界に果たしてどれだけいるのでしょう。
別段、あまり期待できないのは、
自分でもよくわかっています。

毎日を生きるのに、
それこそ精一杯。
しかし、それが当たり前だと思っていたら、
そうでもないらしい。

されども、かといって、
自分の精一杯は、
これからも続いて行くのであって、
これを延々、死ぬまでやっていくのが、
つまりは生きるって事なのかもしれないが、
されど、時々辛くなる事があっても、
果たして許してくれる世の中でしょうか。
そもそも、この社会にそんな懐の深さがあるのか?

そんなこと考えても、
何にもならない。

とりあえず僕は精一杯、
というか、
いっぱいいっぱいです。




| | コメント (2)

閉鎖の景色

仕事からの帰り道、
星野源の「地獄でなぜ悪い」をリピートしながら帰宅。

僕は産まれた時から、周りからちょっとズレていた人でしたし、そんな自己を抱えながら、
いかに社会に適応しつつ、自分らしさを生かすべきかを、
比喩ではなく本当に神経をすり減らしながら身体で憶え、考えてきた人間です。
個性というものが重宝された時代は、もうとうの昔に終わりました。もともと個性なんて、社会を円滑に回す上では、障害以外の何者でもなかったのかもしれません。
同じようにやっていても、
周りの反応は違うものです。
その事自体は悪ではなくて、
多分ごく自然な事なんでしょう。
僕は周りの世界との親和性について言うなら、
生まれながらに上手くいかない事を、
これまでの人生で嫌という程味わっているものですから、時にそんな世間のステレオタイプに抗ってみたり、
逆に世間受けしやすい自分を演じてみようとしたりしてみたところで、
結局最後は、自分を閉じる事しか考えられなくなる。


| | コメント (0)

読書の秋

別に何が欲しいわけじゃないけれども、
夜中にダイニングでAmazonを検索。

90年代中頃、若い頃に誰しもが抱くあの悶々とした気持ちを、僕は本屋の棚を隅から隅まで眺める事によって慰めていた。
ジャン・フィリップ・トゥーサンという作家を検索してみる。「浴室」でセンセーショナルにデビューしたフランスの作家。僕は浴室は映画で観たけれど、読んではいない。
確か「カメラ」は読んだ覚えがある。内容は殆ど忘れてしまった。単行本の装丁は、帯の緑色も含めて、何となくは覚えているのだけれど。

「昔は本くらいしか楽しみがなかったし、貸本屋とか友達に借りた小説をひたすら読んでたけど、今はそんな風に小説を読む体力がなくて、読む気になれないわ。」
そう話す母が、パート帰りに買ってきてくれたミニストップのピザを、僕は無言で貪るしかなくて、鼻先を脂でギラつかせながら、そんな事もあるのだなあといった程度に聞いていた。
あの頃の母と今の自分は、
ほぼ同い歳。
そして今僕は、
その頃の母と同様、
小説をゆっくり読む時間も気力も見出せない。

文庫本を買うと、後ろ数ページに関連する書籍の紹介がある。つまりは広告なんだけど、題名と作者名の下に、簡単なあらすじらしきものが数行あって、それを基に次に読む本におもいを巡らすのが好きだった。
中学時代は、父親が昔買い揃えた「日本文学全集」を読み漁っていた。夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、川端康成。あとエラリークイーンとかアガサクリスティーだとかいった海外のミステリーもよく読んだ。
当時流行っていたホーキングの宇宙論も熟読した。ブラックホールについて分かりやすい言葉で書かれてあって、中学生でも十分楽しめた。
本の内容は、ほぼ忘れてしまっても、
その本を読んでいた時の光景は、なぜか覚えている
なんてことがある。
歯医者の待合室の黒いソファと、ヘルマンヘッセ「車輪の下」
中学校の薄暗い図書室と、川端康成「伊豆の踊子」
自転車で通った町の小さな書店と、アガサクリスティー「アクロイド殺人事件」


| | コメント (0)

祈りの痕跡

絵を描くこと。
二十歳前後の僕にとって、
それは祈りだった。
何に対しての祈りだったのだろう。
大学の大きな部屋。
でっかいイーゼルを立てて、
80号の絵を描いた。
授業の課題だったその絵に行き詰まると、
外の手すりにもたれ、
煙草の煙を夕空に吐き出しながら、
何か分からないものに祈る気持ちで、
次の一筆への活力を待っていた。
インスピレーションという言葉を、
当時の僕は好んでいたが、
今にして思えば、
それは単なる甘えでしかなく、
つまりは、自分の創作意欲に対する責任を、
自分の外に投げ出すような姿勢であった。
まあ、それが若さというもの。
でも、こんな年齢でそれやっちゃあ、粋ではない。
インスピレーションは、待つものではない。
それは、待ってたって現れない。
インスピレーションは受け手に多くを委ねている。
もっと言うなら、
インスピレーションは受けるものではなく、
与えるものなのかもしれない。
つまり、他人と共有するべきものなのかもしれない。

僕が持ってしまったドロドロしたものを、
ドロドロしたままに、心の奥にある地下室に鍵をかけて厳重保管。死んだらそれごと火葬してもらうのが、あるべき姿かもしれないが、
そのドロドロを、他人に伝わるような方法に調理して、この世の中に物体として残す事を願うのも、
またあるべき様なんだと思う。
その時に改めて立ち上がる言葉が、つまりはインスピレーションなのです。インスピレーションは、得るものであり、与えるものでもある。
それに気づいた時、何か痕跡を残したくなる。



| | コメント (2)

より以前の記事一覧