音楽

コールマンホーキンスのリラクゼーション

こと居心地のいい場所を探すことにかけて言うならば、
猫は人の数倍敏感で賢い。
自分の居るべき場所を、いつだってちゃんと心得て居る。
さっきから我が家の愛猫は、
和室とリビングの境目でペッタリと床にお腹をくっつけて眠っている。
心地よさげに上下するモフモフの背中。

リラックスしたい夜に必要なものは?

良く冷えたビール?
あるいは氷の山に流し込まれたリキュールと炭酸水?
ちょっぴり刺激のある適量の肴?

実はそれだけでは、十分ではない。
これは食事にも言えることかもしれない。
最高の食事は、
もちろん味は大事な要素
だけど、味だけ良ければよいのではない筈。
つまりはそういう事。
味わうシチュエーションによるものが大きい。

よいシチュエーションは、
よい料理を必要とし、
よい料理は、
よいシチュエーションを必要とする。

だから、アルコールによるリラクゼーションにも、
当然それを生み出す演出は必要なのかもしれない。

それを求めて行きつけの店を開拓する紳士もいるかもしれない。
けど、僕はそんな粋な世界とは無縁だし、
プライベートくらいは、なるべく社会とはある程度の距離を置いてリラックスしたいから、
お酒を飲むにしても場所は、家のダイニングであることが多い。
他人に気を利かすのが生まれつき苦手だから、一人が一番リラックスできる。
これは持って生まれた性格。
一人が寂しいなんて嘘だ。
そんなのは単に、孤独の豊かさを知らない人々のヒガミじゃないだろうか。
あくまで個人的な感想だ。

いい雰囲気でお酒を飲むに手っ取り早い方法。
僕の場合、それはとりあえず二つ。

一つは灯り。
こじんまりとした親密な空間を作り出すには、
明かりは便利な手段。
手元が温まる程度のささやかな灯。

もう一つ
それは音楽。

音楽は魔法だ。

ちなみに今夜の魔法は、コールマンホーキンス。
1960年代、50代の彼がトミーフラナガンをピアニストに迎えたカルテットの録音。
それをありったけ集めて片っ端からイヤホンで聴きながら、ゆっくりと身体をアルコールに浸している。

コールマンホーキンスは1930年代から40年代にかけて全盛期だった、所謂ビバップ以前の古い時代のテナーサックス奏者だったが、新しいムーブメントも器用に自分のスタイルに取り入れて、モダンジャズ全盛の時代に於いても、趣味の良い音楽を奏で続けた。
それはある意味王道であり、王道であるからこそ、時にあまり人の興味関心を掻き立てなかったかもしれない。
しかしそんな事は本質的には、彼の音楽とは全く関係ない。
彼の真鍮のラッパから温かい息と共に生み出される音は、等身大の大人の落ち着きを漂わせている。
聴いていると気持ちが安らぐ、
あの湿り気のある独特の音色。

中学の頃は、伊達男レスターヤングが好きだったから、
コールマンホーキンスなんて暑苦しいって毛嫌いしてたけど、やっと良さが分かるようになってきた。

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To say Good bye is to die a little.

その昔、
JUDY AND MARY
というバンドがあった。
例えば今夜みたいに暑くて眠れない夜の事
夕方セブンイレブンで弁当と一緒に買ったミラービールを飲みながら、
僕はあの日、扇風機の風を顔面に当てて、下宿でだらだらとテレビを見ていた。
若い頃のナインティナインや鈴木紗理奈、武田真治や光浦靖子がソファに座って楽しそうに話している。
あの番組のオープニングやエンディングは、
いつもJUDY AND MARYだった。
だから、あのバンドの曲を聴くと、
別にその頃好きで夢中になったりしなかったにしても、
ふわぁって立ち昇る何かがある。
90年代半ばの空気感。
授業の休み時間、
駅前のラーメン屋のテレビに映っていた巨大な岩。
トンネル上に落っこちたその岩盤はあまりに大きすぎて、周りと縮尺のバランスがズレてしまっていた。
客のいない学食。50円の半ライスと80円のコロッケで遅めの朝食。テレビに映る山本文郎と渡辺真理。機動隊がカナリアの籠を持つ。
ステファングラッペリが来日したのもこの頃だった。
テレビ朝日のニュース番組の合間に流れるCMでニールセダカの「雨に微笑みを」を弾いていた。
確か煙草のCM。
キャスターマイルドは、下宿のカセットコンロで火をつけると、カフェオレみたいな甘い香りがした。

当時、僕の周りにはいろんな人がいた。
オケの同期や先輩後輩、指揮者の先生やら大学教授、画材屋のおばちゃんにカウンセラーの先生、下宿の管理人やバイト先の人。

当時それぞれが当たり前のようにそこにいた。
あの人々は、いったい何処へいってしまったのだろう。

別に、場所や立場は変わったとしても、何らかの事情で亡くなっていなければ、それぞれの場所でそれぞれに生きているだろう。
確かにそうなんだけど、僕が言いたいのは、そういうことじゃない。
当時テレビで楽しそうに笑っていた、ナイナイの二人や光浦靖子は今でもちゃんとテレビに出ている。

当時関わりのあった友人に会う事は大きな喜びである。あの時代に自分みたいな人間と関わってくれた事に心から感謝したいと思う。同窓会とかで会ったら懐かしい気分にもなるだろうし、元気そうにしていたら当然嬉しい。

ただ僕はどこかで思ってしまう。

当時の彼、彼女は今はもういないのだと。

人は日々代謝を続けて行く。
細胞は周期的に生まれ変わり、ある程度の個人的同一性を保ちつつ更新されてゆく。

僕が見ていたあの人は本当の意味では、
実はもうどこにもいないのではないだろうか。

その時々で
同じ空気を吸いながら同じ時間を共有し、
出会った事で場を同じくした。
でも時間とともに、
時代は変わり、
生活も変わる。
生物学的に死んではいなくても、
時間的には死ぬのかもしれない。
もちろん新しくどんどん生まれ変わった末のことなのだけど。

一期一会という言葉は、実に重い言葉だと思う。
歳を重ねながら、僕らは誰も、それまで当たり前にあった時間が刹那であることに、いつしか何となく気付く事になる。
僕を通り過ぎた人は、今現在生きていて、自由に再会できるとしても、厳密にはもういないのだ。

いるとするならば、
それは個人の記憶の中に住んでいるのかもしれない。

人は生物学的に死んでしまっても、関わりの中では生き続ける。
それはコンサートの余韻にも似ている。
その日のアンコールの最後の和音のように、
じっくりとその人の中に余韻を残す。
その余韻とともに人は生きて行く。

他者と自己との出会いは、ほんのさわり。
実はその関係の大半は、
別れた後に、それぞれの自己の中で処理され熟成されていくものなのかもしれない。

そう考えたら僕らはたとえ身近な人とであっても、
毎日別れを経験しているのかもしれない。
いつだって、出会いと別れを経験している。

今を過去の蓄積だと不用意に信じるのは、あまり賢いやり方ではない。
毎日の蓄積と同じ車線で、毎日が独立している感覚も走らせているイメージの方が、むしろ本質に近いような気がする。

以前親しかった人と、なんらかの事情で別れてしまう事は誰にでもある事だと思う。
それは恋愛についての事かもしれないし、友人関係の事かもしれない。死別かもしれない。
さよならだけが人生だとは井伏鱒二の言葉。
しかし別れの後も、個人個人の心中では、
関係は続いて行く。
それを後生大事に袂に入りきらないくらいに抱えながら、全部持ってあの世に行く人もいる。




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noraneko gundan とフルート

この前の連休は、
自治会の盆踊り大会の手伝いでほぼ終わったけど、
最終日の午後は、
熱中症すれすれの頭痛の中、
家族で名古屋まで遊びに行けた。

子供たちが好きな絵本(僕も好きだ)
「ノラネコ軍団」シリーズに関するイベントがあると聞いて栄のPARCOまで。

PARCOなんて何年振りだろう。
学生時代はよく来た。
世界堂という画材屋があったり、
楽器屋もあった。島村楽器。
あとタワレコもあった。
画材屋、楽器屋、レコード屋。
あと本屋。
これだけあれば学生の時分は、
何も買わなくたって一日中過ごせた。

本屋に併設のカフェが、
期間中ノラネコカフェになるらしい。
僕らが注文したドリアは、
出来上がりに時間がかかるらしく、
テーブルで、しばし空白の時間。
こういった時間は、
若い頃には、そこら中に転がってたけど、
それは本当は贅沢な時間だったという事を、
この歳になると実感する。

何かする事が贅沢とは限らない。
何もしない事こそが、
むしろ贅沢かもしれない。

ダウンライトって天井が暗くても床が明るいから雰囲気出るのかなんて、
店内を眺めてぼんやりと考えている。


「あたし元々オケだったからさあ、そこらへんがちょっと分かんないじゃん。」

ふいに左耳に、こんな会話のフレーズが飛び込んできた。うっかり聞き耳をたてる。

「リーダーはビックバンドやりたそうだけど、だからあんまよく分からなくて…」

ちらっと横目で確認、
会話の主は二十代前半か、
比較的大柄な女子。
学生か?
向かいには彼女より年上に見える
もったりした印象でも、
プライドは高そうな男子。

吹奏楽関係のカップルだろうか。

でもオケという言葉がやけに引っかかる。
楽器は何だろう。

「リーダーはさあ、でもバンドのプロデュースとかしてるって言うじゃん。プロも見てるってさあ。だからあたしもちょっと話聞いてみよっかって、でも、なんかどうかなって。だってヨージさんも別にって感じだったじゃん。」

相手の男子の声はあまり聞こえてこない。

僕はこの女子がいったい何の楽器を演奏する人なのか、必死に考えている。

管楽器であるのは確か。
しかもオケにある楽器。
だからサックスはないかもしれない。
ラベルのボレロならまだしも、
一般的にサックスはオーケストラに常設の楽器ではない。

ホルンの可能性も無いかもしれない。
ビックバンドといえばジャズ。
ジャズでフレンチホルンはあまり無い。

口の形を見れば金管か木管かある程度予測はつくが、
ショートヘアの毛先がいい具合に口元を隠している。

結局分からないまま、
ドリアが出来上がり、
盗み聞きは家族団欒の会話に変わる。
気づけばカップルは既に席を離れていた。

答えは上の階の島村楽器に行ったら分かった。
店には「管楽器フェア」ののぼり。
白布をかけたテーブルには、
沢山のサックスとフルートが並んでいた。



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Embrace me

呆れる程の暑さ。
エアコンの部屋にいれば、
とりあえず暑くはないだろうけど、
かと言って快適かどうかといえば、
またそれは別の話。

どうやら、温度や湿度がどうのこうのといった話ではないらしい。
クーラーで部屋を冷蔵庫みたいに冷やしていても、
胸がやけに熱っぽくてボーっとしたり、
そのくせ足先は冷え冷えしていたりと、
身体はこの気候変化に上手く順応できていない様子。

自律神経の大混乱。

もういい加減
この国の気候は
半ば亜熱帯だと認めたらどうだろう。
豪雨はゲリラではなく、もはやスコールだ。
などと呟きながら、
今日はやり残しの仕事を放ったらかし、
早めに職場を後にする。

疲れた心と身体には、
それなりの癒しが必要である。

音楽は魔法だ。

僕はその魔力の恩恵により、
この歳まで生きてこられた。
大袈裟な話ではない。

小6のある日
夕方一人学校の廊下を歩いていると、
ふいに背後から衝撃を受け、
僕は顔から床に倒れ込んだ。
開いたランドセルから、
教科書やノートが僕の頭上を滑り落ちる。
背後から跳び蹴りを食らったのだ。
僕は当時、その抑圧された集団にとって、
ある意味で手頃な存在であったらしい。
つまり陰湿ないじめの対象だったのだ。
彼らはいつも、ちょっとした悪ふざけと称して、
信じられないような事をする。
信じられないのは僕だけで、
まわりのみんなは少しもそうと思ってない事実が、
僕を真っ黒に渦巻く、
あの時期特有の孤独へと引き摺り込んでいく。
散らばった教科書を一人拾い集め、
ランドセルに入れる。
僕しかいない。
長い長い廊下。


僕が音楽にのめり込んだのは、
ちょうどその頃だ。

応接間のステレオの、
大きなスピーカーの前、
仰向けに寝転がり、

夕陽を浴びた天井を眺め、
いとこのお下がりのアナログレコードを聴く。

コンスタンチンイワノフ指揮、
ソヴィエト国立放送交響楽団演奏
チャイコフスキー交響曲第6番。

たとえそれが録音されたものであっても、
ノイズの先には人の気配がある。
それが僕の荒れた心に響いたのだろうか。

思春期に入っていたから、
母親には、もう素直に甘えられなかった。

ありとあらゆる友人から
ことごとく裏切られていた僕は、
今思うと、
あの時、
ただ母親に抱きしめてもらいたかったのかもしれない。

Embrace me,my sweet embraceable you
Embrace me, you irreplaceable you

古いアメリカの歌。

「EMBRACEABLE YOU」
1930年発表。ガーシュウィン兄弟の作。

チャーリーパーカーの1950年5月のバードランドライブ。
この曲のみ歌が入っている。
ふいにそれが聴きたくなって、
それだけのために、
目に入ったコンビニの駐車場へ車を入れる。

便利な世の中になったものだ。
スマートフォンをイジれば、
即座に大抵の音源は聴ける時代。
パーカーが、バドパウエルやファッツナヴァロと共演した奇跡のライブ録音。
音質は最悪。
演奏は最高。

Bluetoothでスピーカーに音を飛ばしてから、
駐車場から車を出す。
夕日に向かう帰り道。
貪るように、
繰り返し繰り返し聴く。

毎日はどんどん複雑に絡み合って、
がんじがらめで身動きすらままならない。
僕はあとどれだけの年数、
こうやって不器用に生きてゆくのだろう。

鼻息荒いチャーリーパーカー35歳
ファッツナヴァロは27歳、
バドパウエルは41歳で死んだ。
早逝の天才たちの競演。

僕は彼らより長く生きている。
そして今夜も変わらずに、
1950年からやってきた、
彼らの残光に癒され続けている。

ところで、歌はChubby Newsomeという人らしい。
伸びのある歌声。絶妙な音選び。



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しったかぶりはまわりくどい

夜中に家に帰って、
テレビをつけたら、
森進一が歌ってる。
あ、久しぶりだなあ。
なんて観ていて、
でもよくよく見たら、
徳永英明だった。
まあ、どっちにしろ、
特に変わりはないけれど。

出勤中のBGM
今週はエリックドルフィー

かなり独特なミュージシャンだと思うけど、
音にどっぷりと浸かっていると、
生々しいと思っていた音色は、
実は非常に知的で上品だということが分かる。
楽器のテクニックは抜群。
フルートもバスクラも自在に扱う。
イマジネーションに溢れるフレーズ、
それは過去のある一瞬に何処かで見たらしい風景を、
ふいに想起させるように、
意識の沼の底にまで沈んでいるような記憶を、
コンマ数ミリの精度でもって、
すっと撫でるように刺激する。

何かなあ、何だっけかなあ、
なんて思ってるうちに、
いつしか曲が終わっている。
そんな音楽。


何も分かってない人が、
分かってるフリをして、
取り敢えず、自分のプライドが傷つかないように、
誰かになんとかしてもらおうとする。
実にまわりくどくて、
そして哀しい。
知らないということ自体は、
みんなが言うほど、
あるいはみんながそう思ってると感じるほどには、
悪いことじゃないのかもしれない。
みんなが地球上の同じ場所から物事を見られないのと同様に、僕らはそれぞれ、その立場だからこそ知っていることもあれば、当然立場が変われば知らないこともある筈だ。偉そうに書いておきながら僕にだって、似た経験がある。知ったかぶりをしながら家に帰れば必死にネット検索。莫大な情報を吸い込んで、分かった気になって、よせばいいのに他人を眺めて、ささやかな優越感に浸る。
自分に自信がないからこうなる。


自分より分かってそうな人に出会うと、
単に分からないなら教えて貰えば良いだけなのに、
分かってますよってアピールを、相手の顔色を伺いつつ探り探りやっていく。
やっかいなのは、いくら頑張ってみたところで、元が劣等コンプレックスだから、
つまり始めから完敗なのである。
次第に自分が嫌いになってくる。
扱い方によっては自己嫌悪だって、
よい酒の肴くらいにはなるだろうが。







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人生は夢だらけ

数日前に、椎名林檎とトータス松本の
「目抜き通り」を聴きまくっているって記事を書いたんだけど、
まあ、当然の成り行きなんだろうけど、
今は、同じく椎名林檎の
「人生は夢だらけ」のMVを、
夜な夜なダイニングで
YouTubeのエンドレスリピート。

僕の年代は
たとえミシェルルグランの名前すら知らないにしても、
ミシェルルグランの音は無意識の底に宿して生きているはず。
かく言う僕は、
そのつまり、
大好きです。
ルグラン。

シェルブールの雨傘。
ロシュフォールの恋人たち。

リアルタイムではなく、
リバイバルの関係上、
僕たちはあの雰囲気にハマってしまう。

細かい歌い回しも完璧。
東京事変の彼女も、
無罪モラトリアムの彼女も、
勿論最高ですけど。




1950年代のアメリカが好きな人は、
大抵ディズニーリゾートが好きなんだそうですが、
僕はディズニーランドの描く50年代も、
ユニバーサルスタジオの描く50年代も、
僕にとって一抹の違和感がある。
訪れるたび、その理由を想い、
そしていつしか楽しいはずの時間は終わる。

僕の中学時代は、
1950年代アメリカでできていました。

ヒーローはジーンケリー。
プラターズにポールアンカ、
ビリーヴォーンにニールセダカ。

あの時代への憧れが、
その後の20世紀の文化史であるとすら思える。
80年代なんて、
まさに50年代リバイバルなんじゃないかと。

良いものは、何年経っても良い。
「雨に唄えば」は今でも名作だし、
マイルスのマラソンセッションは、
こんな世の中にあっても、
疲れた誰かを癒すのです。

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コシファントゥッテ

学生時代に一度だけ、
アマチュアオペラの舞台美術をやった事がある。
単に大人たちに都合が良いよう利用されただけなのだが、
当時は多少わくわくもしたし、
今となってはいい思い出だ。

大学一年の僕は、
先輩にうまい具合に乗せられて、
クラスの友達数人を引っ張り出し、
四枚のパネルを製作するはめになる。
結構ハードなたつ仕事、しかもノーギャラである。

学んだ事は二つ。

一つは刷毛の洗い方。
これは後々そこそこ役にたった。
毛先を鷲掴みして洗う。

もう一つ
こちらは全く役に立たない人生訓。
身の丈を越えるような役割を与えられる時、
大抵誰も、僕に対して期待してなんかいないということ。
集団や組織にとって、
一人の人間は所詮、
チェスの駒である。

これはその後の人生で痛いほど知った。
でもそれはそれで、
まあそういうものだ。
若い頃は、まだ納得できなかったから、
多少傷ついたけど。

本番が終わり、
僕は大学オケの部室にいた。
チューバの先輩が足のない僕を、とりあえずここまで送ってくれたのだ。
三月のことだ。
日付はとうにまわっていて、
あと一、二時間待てば日が昇り、
大学から駅に向かうバスに乗れる事が分かっていた。

僕は寒い部屋で一人、
眠るわけにもいかず。
部室のコタツに入りながら、
夜明けまで音楽を聴いて過ごすことにした。
ここで眠るよりも、
慣れたベッドで寝たかったのだ。
当然学生オケの部室だからクラシックのCDばかり。
少し迷ってから、
マーラーの五番目の交響曲の、
あの有名なアダージェットを聴くことにした。
バーンスタインが指揮してるやつだ。

入口のアルミ戸を開けて、
明け方の空、吸い込んだタバコの煙をぷはあっと吐き出す。
紫煙の先の星空が次第に青みがかり、
まるで何事もなかったかのように、
また新しい一日が始まる。
疲れた夜明けには、
特有の癒しがある。
鼻先をくすぐる、
淡くて漠然とした希望。

その後いろいろあったけど、
あの夜明けのアダージェットは、
多分一生ものだなあと思う。
そんな風景、
誰しも一つや二つ
あると思う。

Così fan tutte
女はみんなこんなもの


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相手が物である事の救い

最近仕事が忙しすぎて、
楽器ケースを開ける回数が減っていましたが、
ある日久しぶりに弾いたら、
何だか違和感を感じる。
楽器を右手にバイオリン、左手に弓を持っているような違和感。
あ、これは楽器と自分とが疎遠になるサインだと、ピンときました。
当たり前のように体に馴染んでいた道具が、
何だかよそよそしく感じられるという事は、
つまりは生活の中で、その道具の価値が以前と変わってしまうという事かもしれません。
相手が人ならまた別なストーリー展開がありますでしょうが、
今回の件に関しては、イニシアチブは全面的に僕自身にあり。
つまり僕が楽器を自分の方に引き止めようと行動すれば、この危機は何事もなかったように、あっさりと解決する。

なんてこたない。
単なる練習不足。

そんな時、一発で効く頓服みたいな方法がある。
といっても地味な基礎練習。
ボウイングと音階練習。
地味だけれど一番の近道。
30分で元の感覚が返ってきました。
関係修復完了。

バッハの無伴奏をとにかくゴーって音で鳴らして、
楽器を響かせて響かせて、
リハビリ終了。
身体はポカポカ、楽器も程よく汗ばむ。

気付いたら一年くらい弦を張り替えていません。
ドミナントがいい具合にヘタって、
発音や音程の誤差に寛容になっています。

でも別に切れてないし、
まあ替えなくていいかなとも思う自分がいます。
ただ自分の楽しみで弾くというのは、
つまりそういう事なんでしょうね。
誰かと一緒に弾くという事は、
自分の音に対する意識も同時に高まります。
自分が自分のために楽器を弾くという事だけのために、
楽器を所有し使用するのは、果たしてあるべき姿として自然なのだろうか。
弾き手と楽器という関係を超えて、
音楽である事を求めるなら、やっぱり他者の存在を想定しなくちゃならない。

つまり楽器はやはり、
手段以上でも以下でもない。

そして人という生き物は、
結局のところ、
一人きりでは完結できない生き物なのでしょうね。
音楽も人の営みである以上、
この運命とは無縁ではいられない。

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目抜き通りへ

誰も知らない わたしが何なのか
当てにならない 肩書きも苗字も
今日までどこをどう歩いて来たか
わかっちゃあいない 誰でもない

ここ数日、3分ちょっとのこの曲を
暇があったらリピートかけてエンドレスで聴いている。
半分中毒のようになっている。

椎名林檎とトータス松本が、
昨年、東京銀座にできたという商業施設のために吹き込んだ、「目抜き通り」という歌。

先週の中頃、仕事でちょっとしたトラブルがあって、
納得いかない事があった。
そんな事など、これまでいっぱいあった。
しかし今思うに、
大抵戦うべきは、
自分自身。

といっても、
別にアスリートが言うような
自分の限界を超えるみたいな
マッチョで安直なあれではなくて、
ここで言いたいのは、
自分の中のコンプレックスだったり、
シャドーだったり、
そういったこと。

結局は対人関係のストレスは、
突き詰めれば、
ストレスを感じる
その本人の課題である場合が殆ど。

今回のモヤモヤも、
つまりは僕の内面の問題。

そもそも、そうでなければ
こんなに長くモヤモヤなんてしない。
課題は自己にあり。
相手は触媒ではあるが、
原因ではない。

そんなこと
自分以外にとってはどうでもいい事だから、
今日もこの社会で生きるためには、
いかに自己を慰めて、
いかにまたこの下らない世界に出かけていけるかということが大切。

この歌がそれを後押ししてくれると、
きっと無意識の自分は思ったのだろう。

朝から車でエンドレスリピート。


あの世でもらう批評が本当なのさ
デートの夢は永い眠りで観ようか
最期の日から数えてみてほらご覧
飛び出しておいで目抜き通りへ!


新しくできる商業施設のCMソングの歌詞に、
死をイメージさせるフレーズをちりばめているにも関わらず、
でも何だかそれでも生きる事への勇気をもらえるような力がある。

椎名林檎やっべっ

そう呟くと信号は青になり、
結局僕は、今朝も仕事に向かう。



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雨上がりのアスファルト、ボサノヴァ

ここ数日のどんよりとした空も、
午後になると雲が晴れて、
久しぶりに黄金色の17時。
いつもなら帰る頃は真っ暗だけど、
今日は出張だったから、
職場へ帰らず自宅へ直帰。
濡れたアスファルトがキラキラと光る中を
のんびりドライブ。

仕事というのは社会的な営みだから、
たとえ在宅ワークであっても、
他者との関係の中で行われるもの。

例えば一人で黙々と籐籠を編む伝統工芸の職人さんであっても、それを生業とする限り、
当然自分の作品を手にする誰かを想定し、
自分にとっても、相手にとっても
価値あるものを作ろうとするもの。

その想定する他者というのは、
自分がおもんばかるところの他者であり、
それは、自己の想像するところのものであるわけだから、
つまり自己の投影というフィルターを通る事がある意味決められてしまっている。
そこが、仕事に現れるその人らしさなんじゃないかなあと思うし、
その事が社会にあって、
人に孤独を感じさせる要因でもあり、
また他者との共感という救いを自ら手に入れるための、
小さなドアなんだと思う。

結局人は寂しい生き物だから、
一生かけて、
その共感の鉱脈を探って一喜一憂しながら、
食って寝て死んでいくだけなのかもしれない。

世界との一体感を求めるのは、
人の宿命なんじゃないかと最近思う。
大体この世に生まれるという事は、
母体からの切断という悲劇から始まるわけだから。

仕事をしながら、
でも自分である事。
自分でありながら、
世界でもある事。

これをいろんな場面で、
とっかえひっかえ、
縦に横に斜めに見ながら、
ああでもない、
こうでもないってやりながら、
誰もかれも、
そうやって生きて、
そして死んでゆく。

夜になる前の、
空が赤紫に染まる頃、
信号待ちで、
トムジョビンの名作「三月の水」を、
ジョアンジルベルトの歌とギターで聴きながら、
フロントガラス越しに、
飛行機雲をぼんやり目で追っている。

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