音楽

感性の慣性的漂いに寄せて

大学時代、油絵の授業で教授がこんな事言っていました。
「若い頃は、感性だけに頼って描きがちになるけれど、それだけでは行き詰まるから、次第に頭でも考えるようになるんだよ」
大学3年生の僕は、へえ、そんなもんかと真に受けて、
図書館に籠もって古典技法の基礎知識を独学し、課題の80号の絵は、カマイユの技法で描きました。
筆と指の腹でバーントシエナとローシエナ、シルバーホワイトの色のグラデーションをつける。
肌の下の血管が透けて見えるような色を、ビリジアンを隠し味にして再現する。
時にぞくっとするくらい上手くいく事もありましたが、
所詮は若造の自己耽溺ですから、絵の具の層は厚くなったとて、結局できた作品は薄っぺらな、若気の至りそのものでした。
弁解が許されるならば、それは若さ故の感性のなせる幻想だとも言えなくはないでしょうけど。

こと音楽においても、若い時分は、感性でひたすら突っ走りましたが、四十を過ぎて、頭も多少は使うようにはなりました。

情動は必要だ。されど情動のみでは何も築く事はできない。そこに理屈が寄添わなければ、普遍の翼を得ることができない。

ベートーヴェンが偉大なのは、そこにあるんだろうなあと、僕は勝手にそう思ってます。
作品には彼の情動が根底にあるけれど、作品そのものは、徹底的に理論的構築物だったりする。
理論的構築物といえば、バッハもそんな匂いがするけど、
バッハは白衣を着た科学者のイメージも少しだけあるけど、ベートーヴェンは、ワークマンのつなぎなんですよね。あくまでイメージの話。
ベートーヴェンは個人的にはロックだと思う。
パンキッシュですらあると思う。
バッハは音楽のための音楽だけど、
ベートーヴェンはその先に聴衆や、
人間社会全体を見ていた。

なんの苦労もなく、外の世界との一体感を感じながら生きている人がいる。
もしかしたら、それが大半かもしれない。
本人たちは気付いてないだろうけど、
すごく幸せな事だと、僕は思います。
ベートーヴェンは、先天的なのか、後天的なのかわかりませんが、
恐らく内向的な人間でした。
西洋社会において、内向性は日本におけるそれと比べ、かなり生きにくい。
内向的な人間が、本来の自己を現実世界に現すためには、
ドアを開けて社交の場に飛び込むのではなく、
ひたすら地面に穴を掘るしかないのです。
でも、その穴を掘る行為は、
けして悲観的な事ではなく、
そこには、むしろポジティブな力すらある。
だって、その穴は
時代を越える可能性すらはらんでいるのだから。

多分だけど、ベートーヴェンはそれを知ってたんじゃないかなと、
僕は信じたい。
惑星探査機ボイジャーは、遠い宇宙のどこかに人間と同等かそれ以上の知的生命体が探査機自体を発見することを想定して、ゴールドディスクを積んで、今も宇宙空間を漂っているらしい。
それと同じ事を、ベートーヴェンも考えてたっておかしくない。
今の時代ではなく、未来に向けてのメッセージ。
理論的な構築物は、時間を超越するという確信、あるいは希望。
楽譜の発明がクラシック音楽の存在の意味である。

感性だけでは時代を越えられなくても、
そこに理論的な説得力があれば、
きっとどこかに繋がっていくかもしれませんね。
惑星探査機ボイジャーみたいに。

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Blossom Dearie

このあいだ、
無性にBlossom Dearieの歌が聴きたくなって、
Apple Musicで検索し、車で聴きながら帰った。

ブロッサム・ディアリー(Blossom Dearie, 1924年4月28日 - 2009年2月7日)は、アメリカのジャズ・シンガーであり、ピアニスト。子供のような独特の歌声が特徴。
ウィキペディアには、そう書いてある。
全くその通りで、初めて聴いた時パッと頭に浮かんだのは、セサミストリートに出てくる、あの真っ赤なキャラクター、エルモ。
日本人、特に現代の日本人女性(男性もかもしれないが)は、他の国に比べて声が高いような気がしている。
アイドルとか、アニメの声優さんの声は確かに高い。
僕個人としては、うるさくさえなければ、特に女性の声の高さに好みはない。
でも、女性JAZZボーカルに関して言うなら、
実はサラボーンでも、アニタオディでもなく、
クリスコナーでも、エラフィッツジェラルドでもなくて、実はブロッサムディアリーが一番好き。

声は子供だけど、
歌は大人っぽい。
このギャップがたまらない。
細部まで行き届いた表現の繊細さ、
弾き語りのピアノの丁度良いスケール感。

この人フランスに住んでいたりして、フランス語で歌ってる録音もいっぱいある。
これがまた素敵。

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うたたねこ

子供たちが寝てしまった後、
リビングの白いソファにゴロンと寝転がると、
すかさず猫が乗っかってくる。
喉を鳴らしてモコモコの頭を僕の首元に預けて、
ニャンと一言。
幸せとは
寒い夜に猫と一緒に過ごす事である。
なんて言いたくなるくらいに、
温かく心安らぐ時間。

あたたかな場所はいつも
冬のニオイのそばにある

その歌の歌詞にあるように、
僕はこうして、寒い夜に温かな夢を見ている。

この歌を聴いたのは、
まだ21世紀になりたての頃
今でもたまに聴いている。
甘く、少しだけほろ苦い思い出

歌詞はこう続く、

白く息をはきながら
キミの手をそっとあたためる。
コトバはいつか風になるけど、
静かな愛はキミにつもるよ。

僕はひそかに、
このアルバム、
名盤だと思っています。
2000年12月リリース。
知りたい人は検索するのかな。

年季の入ったiPhone5sで日記をつける僕の顎の先で、
静かな寝息をたてる彼の名前はミンガスです。
この子を家に連れてくる道すがら、
ミーちゃんがいいと言う四歳の娘の意見をもとに、
ベイシーでもなく、
エリントンでも、はたまたモンクでもなく、
ミンガスになりました。
ちなみに気性は荒くありません。
優しい甘えん坊です。



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アンサンブル

去年の話。
職場にフルート吹きがいまして、
大学卒業したての彼と、
クリスマスソングを一緒に演奏しました。
彼はフルート、
僕はバイオリンではなくギター。
10年ものの、その安物ギターは、ネックが完全に反ってしまっていて、Fを押さえるとかなり左指が痛い。
痛みをこらえて、「サンタが街にやってくる」を弾く。
生楽器同士のアンサンブルというのは、
最も原初な体験。
お互いにお互いを把握する余裕があれば、
これほど豊かな温もりを感じられる体験はありません。
それを感じるために、
楽器演奏の基礎技術を身につけて、
かつ相手の音を聴く耳を作る。
ある程度のテクニックなしに、
アンサンブルの本質的な感動は体験できないと、
感じる事ができました。
音楽には、楽器を飼いならす技術からくる余裕と、まわりに関心を向けられる余裕ある耳なり心が必要です。
本番、若い彼はテンポがはしり気味でしたが、僕にはそれすら嬉しかった。
個人内テンポは、心臓の鼓動に影響を受けるから。
ここに大切な何かがあると、
僕は信じたいのです。

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Let me take you down, cos I'm going to …

誰に聴かせるでもなく、
ひたすらヴァイオリンを練習する。
誰に見せるでもなく、
黙って紙に鉛筆を走らせスケッチする。
このブログもそう。
誰に読ませるでもなく、
夜中に黙々と文字を打つ。

脳内にいろいろなイメージが常に漂っている。
物心ついた頃から
それは当たり前に漂っていた。
音楽を聴く時、
イメージは鮮やかに、
そして立体的に変化していく。
そんな時、僕はゆっくりと目を閉じて、
その瞼の裏側に広がる風景や、
湧き上がる言葉たちを、
ただそれらが湧き上がるままにまかせ、
ぼんやりと眺めていた。
他人には見えない世界。

昔から誰かと二人きりで話をしていると、
「そんな風にいろんな事考えてたんだね」と驚かれる事が多い。
誰にも見つからない
究極の隠れ家を持つ孤独。

Nothing’s gonna change my world

その事を仮に、
心の中にある秘密の森だとしたら…
僕は小さい頃から、
所謂その森の中で育ち、
その森に住んでいるのかもしれない。
どっぷり浸かっている時代もあれば、
そこそこな時期もあった。

その森を心の中で、
密かに飼っている人が、
僕の他にもいる事を、
ある時僕は知ることになる。

森を飼う人は、
外見上特に目立つところはない。
物静かな引っ込み思案とは限らない。
むしろ社交的で、いつも仲間に囲まれているような人だっていた。
共通しているのは、
彼ら彼女らには、
どんなに理知的にかつ巧妙に隠そうとしても、
隠しきれない孤独が、
体全体から滲み出ている。
それに気づく人はほとんどない。
本人すら、その孤独の存在に気付いていない事すらあるのだから。
苦痛が、例えばふとした笑顔の横顔の口角に見えたり、瞳の端の湿っぽい反射に現れたりする。
ほんの些細な青白い影。
そこに僕は深い森をみることができた。

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飛行機は、乗客の念が飛ばすもの?

とある事情により、
チケットをいただき、
家族四人で、某アマチュアオーケストラの演奏会を聴きに行きました。
序曲コリオラン
同じくベートーヴェンの五番のシンフォニー
そしてメインはブラームスの二番。
三曲とも知ってる曲で、楽しく聴かせてもらいました。

ホルンにすごい上手な方がいて、
帰りは妻とその話題でもちきり。
何がすごいって、伴奏のパートにまわった時の音程の精度が半端ない!音量や音色もよく考えられて出されているのがわかってゾクゾク。
例えばこの人がセカンド吹いている曲の時は、ホルンパート全体が音程良くなるような。やっぱり上手い人っているんだなあと思いました。
もしかしたらセカンドパートってのがみそなんじゃない?という話になって、
つまり和音のルートじゃなくて三度の音吹いてる事が多かったりしてっていう適当ながらそれらしい説。
和音の性質を決定するような重要な部分を担っていながら、それを意識してまわりの音の中の的確な場所にポンと置く。それが空気を変えるんだよなあ。
特に音に主張があったりとかそういうのじゃないんですよ。むしろぱっと聴き目立たない。でも気づいたらもうそこばかり聴いちゃう。
パーカッションも良かったなあ。

オケにおける弦楽器ってのは、集団心理の塊だと感じました。集まりどころが見つかると、ぎゅーって集約してとたんに音に密度が生まれる。逆にそれが見つからないと途端にばらけてしまう。ここが不思議なとこなんだけど、個々の楽器の力量があっても縦が揃ってなかったり、音楽の流れの感じ方が揃ってなかったりすると、非常に残念な音になる。たとえその中で誰か一人が正しいリズムで正しい音程、正しいリズムで弾いたとしても、他とズレていたらもうただのミスタッチにしか聞こえないのかもしれせん。

昔大学オケの先輩が、部室で僕にこんな事話してくれました。
「ねえ、飛行機ってのはさ。エンジンで飛ぶんじゃないんだよ。あれはさあ、乗ってる人が飛ぶぞってみんなが思った時に飛ぶんだよ。」
「え?それって気って事ですか?」と僕。
「まあそうとも言う。あるいは念とか言うかもしれん。」と先輩。

ああ、
そうだったのか。

僕は今頃わかりました。
全くもって愚かですね。



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スイング(振り子のように)

音楽を聴く時に使う脳の部位が、記憶を司る部位と近いものだから、人は音楽によって過去を想起しやすいのだ。という都市伝説がある。
あるいは音楽は右脳を刺激するから、過去のイメージを引き出す触媒になるのだという説もあるらしい。

僕が勝手に思っているのは、
音楽は聴いているときは右脳。
弾いているときは左脳。
ということ。

脳細胞は年齢があがるほどに淘汰され死滅し続けるらしいけど、それと同時に使われなかった場所の開拓も続いてゆくらしい。
僕は、たぶん三十代前半くらいまで、
こと音楽に関しては殆ど右脳のみで処理していたと思う。
全体の大きな空間の中の響きとして、全部ひっくるめて感じていた。
サウンドの匂いとか、色、空気を感じながら、誘発されるイメージの湖に漂うのが好きだった。
しかし、こと音を生み出す側においては、
それとは違った感覚がある事を後になって知った。

それまで僕は喩えて言うなら、森の中を彷徨い歩いていた。
しかし霧深く、これまで一つの塊として感じる対象だった森が、実は木々や生物達の複雑な関わり合いによって編み込まれたタペストリーだと気付いた時、
その編み方には、哲学や法則、定理がある事を実感する事になった。
三次元から二次元へ。
そこに論理的な糸が登場した事により(いや、もともとあったのに見えなかっただけなのだけど)
一気に森が都市に変わる。
神話が科学に置き換わる瞬間。

半ば強引に言うなら、
科学というのは、
分析であるかもしれない。
それはチャーリーパーカーのアドリブを、バークリー音楽大学が分析してメソッド化したように、ある突発的な現象を後から解析して意味付けし、体系化する事により、パブリックドメイン化する事なんだとも言える。

なぜ?から探求が始まり、
誰にでも通じる形にまで理論化される。
これが科学的な知の確立のプロセス。
むしろそれ自体が科学とも言えなくもない。

理屈だとか科学だとかは、
謂わば脳の左半球が多く担うであろうカテゴリー。
ベートーヴェンなんかは聴覚を失う事により、
感受される意味での音楽を無理やり奪い取られた。
しかし反面それにより、理論的な説得力の高い構造体を作り上げる事にエネルギーが向かったとも言えないだろうか。

右脳から左脳への移行、
しかし、こういった事につきものなのは揺り戻し。
周期はそれぞれだけと、大抵の事は振り子のようにスイングしている。
森を見て木を見る。
木を見て森を見る。


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コールマンホーキンスのリラクゼーション

こと居心地のいい場所を探すことにかけて言うならば、
猫は人の数倍敏感で賢い。
自分の居るべき場所を、いつだってちゃんと心得て居る。
さっきから我が家の愛猫は、
和室とリビングの境目でペッタリと床にお腹をくっつけて眠っている。
心地よさげに上下するモフモフの背中。

リラックスしたい夜に必要なものは?

良く冷えたビール?
あるいは氷の山に流し込まれたリキュールと炭酸水?
ちょっぴり刺激のある適量の肴?

実はそれだけでは、十分ではない。
これは食事にも言えることかもしれない。

よいシチュエーションは、
よい料理を必要とし、
よい料理は、
よいシチュエーションを必要とする。

アルコールによるリラクゼーションにあっても、
当然それを生み出す演出は必要なもの。

それを求めて行きつけの店を開拓する紳士もいるかもしれないけど、僕はそんな粋な世界とは無縁だし、プライベートくらいは、なるべく社会とはある程度の距離を置きたい人間だから、お酒を飲むにしても場所は、ダイニングであることが多い。
他人に気を利かすのが生まれつき苦手だからかもしれない。
あるいは、人に気を遣い過ぎて疲れるからかもしれない。
とにかく、僕は一人でいるのが一番リラックスできる。
これは持って生まれた性格。
一人が寂しいなんて嘘だとすら思う。
そんなのは単に、孤独の豊かさを知らない人々のヒガミじゃないだろうか。
なんてね。
あくまで個人的な感想だ。

寛ぎを作る手っ取り早い方法。

一つは灯り。
こじんまりとした親密な空間を作り出すには、
明かりは便利な手段。
手元が温まる程度のささやかな灯。
所詮人はちっぽけな存在。
その身の丈に戻るためには、
手の届く最低限のスペースこそが心地よいはず。

もう一つ
それは音楽。

音楽は魔法だ。
ちなみに今夜の魔法は、コールマンホーキンス。
1960年代、50代の彼がトミーフラナガンをピアニストに迎えたカルテットの録音。
それをありったけ集めて片っ端からイヤホンで聴きながら、ゆっくりと身体をアルコールに浸している。

コールマンホーキンスは1930年代から40年代にかけて全盛期だった、所謂ビバップ以前の古い時代のテナーサックス奏者だったが、新しいムーブメントも器用に自分のスタイルに取り入れて、モダンジャズ全盛の時代に於いても、趣味の良い音楽を奏で続けた。
それはある意味王道であり、王道であるからこそ、時にあまり人の興味関心を掻き立てなかったかもしれない。
しかしそんな事は本質的には、彼の音楽とは全く関係ない。
彼の真鍮のラッパから温かい息と共に生み出される音は、等身大の大人の落ち着きを漂わせている。
聴いていると気持ちが安らぐ、
あの湿り気のある独特の音色。

中学の頃は、伊達男レスターヤングが好きだったから、
コールマンホーキンスなんて暑苦しいって毛嫌いしてたけど、やっと良さが分かるようになってきた。

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To say Good bye is to die a little.

その昔、
JUDY AND MARY
というバンドがあった。
例えば今夜みたいに暑くて眠れない夜の事
夕方セブンイレブンで弁当と一緒に買ったミラービールを飲みながら、
僕はあの日、扇風機の風を顔面に当てて、下宿でだらだらとテレビを見ていた。
若い頃のナインティナインや鈴木紗理奈、武田真治や光浦靖子がソファに座って楽しそうに話している。
あの番組のオープニングやエンディングは、
いつもJUDY AND MARYだった。
だから、あのバンドの曲を聴くと、
別にその頃好きで夢中になったりしなかったにしても、
ふわぁって立ち昇る何かがある。
90年代半ばの空気感。
授業の休み時間、
駅前のラーメン屋のテレビに映っていた巨大な岩。
トンネル上に落っこちたその岩盤はあまりに大きすぎて、周りと縮尺のバランスがズレてしまっていた。
客のいない学食。50円の半ライスと80円のコロッケで遅めの朝食。テレビに映る山本文郎と渡辺真理。機動隊がカナリアの籠を持つ。
ステファングラッペリが来日したのもこの頃だった。
テレビ朝日のニュース番組の合間に流れるCMでニールセダカの「雨に微笑みを」を弾いていた。
確か煙草のCM。
キャスターマイルドは、下宿のカセットコンロで火をつけると、カフェオレみたいな甘い香りがした。

当時、僕の周りにはいろんな人がいた。
オケの同期や先輩後輩、指揮者の先生やら大学教授、画材屋のおばちゃんにカウンセラーの先生、下宿の管理人やバイト先の人。

当時それぞれが当たり前のようにそこにいた。
あの人々は、いったい何処へいってしまったのだろう。

別に、場所や立場は変わったとしても、何らかの事情で亡くなっていなければ、それぞれの場所でそれぞれに生きているだろう。
確かにそうなんだけど、僕が言いたいのは、そういうことじゃない。
当時テレビで楽しそうに笑っていた、ナイナイの二人や光浦靖子は今でもちゃんとテレビに出ている。

当時関わりのあった友人に会う事は大きな喜びである。あの時代に自分みたいな人間と関わってくれた事に心から感謝したいと思う。同窓会とかで会ったら懐かしい気分にもなるだろうし、元気そうにしていたら当然嬉しい。

ただ僕はどこかで思ってしまう。

当時の彼、彼女は今はもういないのだと。

人は日々代謝を続けて行く。
細胞は周期的に生まれ変わり、ある程度の個人的同一性を保ちつつ更新されてゆく。

僕が見ていたあの人は本当の意味では、
実はもうどこにもいないのではないだろうか。

その時々で
同じ空気を吸いながら同じ時間を共有し、
出会った事で場を同じくした。
でも時間とともに、
時代は変わり、
生活も変わる。
生物学的に死んではいなくても、
時間的には死ぬのかもしれない。
もちろん新しくどんどん生まれ変わった末のことなのだけど。

一期一会という言葉は、実に重い言葉だと思う。
歳を重ねながら、僕らは誰も、それまで当たり前にあった時間が刹那であることに、いつしか何となく気付く事になる。
僕を通り過ぎた人は、今現在生きていて、自由に再会できるとしても、厳密にはもういないのだ。

いるとするならば、
それは個人の記憶の中に住んでいるのかもしれない。

人は生物学的に死んでしまっても、関わりの中では生き続ける。
それはコンサートの余韻にも似ている。
その日のアンコールの最後の和音のように、
じっくりとその人の中に余韻を残す。
その余韻とともに人は生きて行く。

他者と自己との出会いは、ほんのさわり。
実はその関係の大半は、
別れた後に、それぞれの自己の中で処理され熟成されていくものなのかもしれない。

そう考えたら僕らはたとえ身近な人とであっても、
毎日別れを経験しているのかもしれない。
いつだって、出会いと別れを経験している。

今を過去の蓄積だと不用意に信じるのは、あまり賢いやり方ではない。
毎日の蓄積と同じ車線で、毎日が独立している感覚も走らせているイメージの方が、むしろ本質に近いような気がする。

以前親しかった人と、なんらかの事情で別れてしまう事は誰にでもある事だと思う。
それは恋愛についての事かもしれないし、友人関係の事かもしれない。死別かもしれない。
さよならだけが人生だとは井伏鱒二の言葉。
しかし別れの後も、個人個人の心中では、
関係は続いて行く。
それを後生大事に袂に入りきらないくらいに抱えながら、全部持ってあの世に行く人もいる。




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noraneko gundan とフルート

この前の連休は、
自治会の盆踊り大会の手伝いでほぼ終わったけど、
最終日の午後は、
熱中症すれすれの頭痛の中、
家族で名古屋まで遊びに行けた。

子供たちが好きな絵本(僕も好きだ)
「ノラネコ軍団」シリーズに関するイベントがあると聞いて栄のPARCOまで。

PARCOなんて何年振りだろう。
学生時代はよく来た。
世界堂という画材屋があったり、
楽器屋もあった。島村楽器。
あとタワレコもあった。
画材屋、楽器屋、レコード屋。
あと本屋。
これだけあれば学生の時分は、
何も買わなくたって一日中過ごせた。

本屋に併設のカフェが、
期間中ノラネコカフェになるらしい。
僕らが注文したドリアは、
出来上がりに時間がかかるらしく、
テーブルで、しばし空白の時間。
こういった時間は、
若い頃には、そこら中に転がってたけど、
それは本当は贅沢な時間だったという事を、
この歳になると実感する。

何かする事が贅沢とは限らない。
何もしない事こそが、
むしろ贅沢かもしれない。

ダウンライトって天井が暗くても床が明るいから雰囲気出るのかなんて、
店内を眺めてぼんやりと考えている。


「あたし元々オケだったからさあ、そこらへんがちょっと分かんないじゃん。」

ふいに左耳に、こんな会話のフレーズが飛び込んできた。うっかり聞き耳をたてる。

「リーダーはビックバンドやりたそうだけど、だからあんまよく分からなくて…」

ちらっと横目で確認、
会話の主は二十代前半か、
比較的大柄な女子。
学生か?
向かいには彼女より年上に見える
もったりした印象でも、
プライドは高そうな男子。

吹奏楽関係のカップルだろうか。

でもオケという言葉がやけに引っかかる。
楽器は何だろう。

「リーダーはさあ、でもバンドのプロデュースとかしてるって言うじゃん。プロも見てるってさあ。だからあたしもちょっと話聞いてみよっかって、でも、なんかどうかなって。だってヨージさんも別にって感じだったじゃん。」

相手の男子の声はあまり聞こえてこない。

僕はこの女子がいったい何の楽器を演奏する人なのか、必死に考えている。

管楽器であるのは確か。
しかもオケにある楽器。
だからサックスはないかもしれない。
ラベルのボレロならまだしも、
一般的にサックスはオーケストラに常設の楽器ではない。

ホルンの可能性も無いかもしれない。
ビックバンドといえばジャズ。
ジャズでフレンチホルンはあまり無い。

口の形を見れば金管か木管かある程度予測はつくが、
ショートヘアの毛先がいい具合に口元を隠している。

結局分からないまま、
ドリアが出来上がり、
盗み聞きは家族団欒の会話に変わる。
気づけばカップルは既に席を離れていた。

答えは上の階の島村楽器に行ったら分かった。
店には「管楽器フェア」ののぼり。
白布をかけたテーブルには、
沢山のサックスとフルートが並んでいた。



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