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コールマンホーキンスのリラクゼーション

こと居心地のいい場所を探すことにかけて言うならば、
猫は人の数倍敏感で賢い。
自分の居るべき場所を、いつだってちゃんと心得て居る。
さっきから我が家の愛猫は、
和室とリビングの境目でペッタリと床にお腹をくっつけて眠っている。
心地よさげに上下するモフモフの背中。

リラックスしたい夜に必要なものは?

良く冷えたビール?
あるいは氷の山に流し込まれたリキュールと炭酸水?
ちょっぴり刺激のある適量の肴?

実はそれだけでは、十分ではない。
これは食事にも言えることかもしれない。

よいシチュエーションは、
よい料理を必要とし、
よい料理は、
よいシチュエーションを必要とする。

アルコールによるリラクゼーションにあっても、
当然それを生み出す演出は必要なもの。

それを求めて行きつけの店を開拓する紳士もいるかもしれないけど、僕はそんな粋な世界とは無縁だし、プライベートくらいは、なるべく社会とはある程度の距離を置きたい人間だから、お酒を飲むにしても場所は、ダイニングであることが多い。
他人に気を利かすのが生まれつき苦手だからかもしれない。
あるいは、人に気を遣い過ぎて疲れるからかもしれない。
とにかく、僕は一人でいるのが一番リラックスできる。
これは持って生まれた性格。
一人が寂しいなんて嘘だとすら思う。
そんなのは単に、孤独の豊かさを知らない人々のヒガミじゃないだろうか。
なんてね。
あくまで個人的な感想だ。

寛ぎを作る手っ取り早い方法。

一つは灯り。
こじんまりとした親密な空間を作り出すには、
明かりは便利な手段。
手元が温まる程度のささやかな灯。
所詮人はちっぽけな存在。
その身の丈に戻るためには、
手の届く最低限のスペースこそが心地よいはず。

もう一つ
それは音楽。

音楽は魔法だ。
ちなみに今夜の魔法は、コールマンホーキンス。
1960年代、50代の彼がトミーフラナガンをピアニストに迎えたカルテットの録音。
それをありったけ集めて片っ端からイヤホンで聴きながら、ゆっくりと身体をアルコールに浸している。

コールマンホーキンスは1930年代から40年代にかけて全盛期だった、所謂ビバップ以前の古い時代のテナーサックス奏者だったが、新しいムーブメントも器用に自分のスタイルに取り入れて、モダンジャズ全盛の時代に於いても、趣味の良い音楽を奏で続けた。
それはある意味王道であり、王道であるからこそ、時にあまり人の興味関心を掻き立てなかったかもしれない。
しかしそんな事は本質的には、彼の音楽とは全く関係ない。
彼の真鍮のラッパから温かい息と共に生み出される音は、等身大の大人の落ち着きを漂わせている。
聴いていると気持ちが安らぐ、
あの湿り気のある独特の音色。

中学の頃は、伊達男レスターヤングが好きだったから、
コールマンホーキンスなんて暑苦しいって毛嫌いしてたけど、やっと良さが分かるようになってきた。

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