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手頃な現実逃避 in蒲郡

それこそ三十前半まで「仕事してる自分は本当の自分じゃない」と思っていた。
「本当の自分」ってのが何処かにあると、漠然と信じていたという方が、表現としては的確かもしれない。
結局「本当の自分」ってのは幻想でしかなかった。幻想を求める事自体は別に悪い事ではない。
ただ幻想を幻想と分かって求めるのと本物と信じて求めるのとでは、ウイスキーと麦茶の違いくらいはあるかもしれない。どっちがウイスキーかなど聞くことなかれ。

母親の胎内から産まれた時は「本当の自分」であったかもしれず、いやもうその時点では既に無かったのかもしれず、その昔、中学の頃理科の教科書で見たカエルの卵が分裂していくように、社会性を身に付ける過程で、人は自己という存在をどんどん分裂させてゆく。

学校で友達と過ごす自分、
家族と食卓を共にする時の自分、
部屋で一人でいる自分。

キャラクター

随分前から人々は社会的適応の過程で生まれた自己像をこう呼ぶようになった。カール・グスタフ・ ユングの言うペルソナと同義かは知らない。

アナウンサーの古舘伊知郎は沢山の眼鏡を所有していて、シチュエーション毎に使い分けていると昔テレビの番組で話すのを聞いた。

あんな風に人は誰も、自分というものをいろんな場面で使い分けて生きているもので、
それぞれのキャラクターの整合性を保ってやっているかは知らないが、
仮にもし完璧にその整合性をとれている人物がいたとしたら、
多分その人、かなりつまらない印象じゃないかと思う。
いろんな自己をシチュエーション毎に使い分ける事は、文明社会で生きる道を選んだ人類が、長い歴史で純化させたある種の文化であり、人々はそれこそ紀元前から
分裂した自己を如何に統合するかといった悩みに短い一生を捧げながら、日々生きて死んでゆく事を繰り返してきたのである。その事自体が煮込んだスープみたいに、
その人の味になるという気がする。

ところで僕の実家の本棚には日本文学全集があった。

酒飲みの父は独身時代、
給料が入ると殆どアルコール絡みの付き合いに使ってしまう。本人けして読書家ではなかったが、母によれば給料日に自制を込めて一冊ずつコツコツと買い足したらしい。当時はそれが流行りだったのか、家には先述の日本文学全集の他に母が買い貯めた河出書房の西洋美術全集なるものがあった。
小学校高学年から高校にかけて、
僕はその日本文学全集と西洋美術全集を交互に読み漁る。太宰治やルノワール。芥川龍之介、オデュロンルドン。

ちなみに最近は本なんて殆ど読まない。
大体字を見ると眠くなってしまう。
文字を眺めるのは近頃は仕事関係の用事ばかり。

週末くらい仕事を忘れて、
ゆっくりと家族との時間を過ごしたいのだけれど、
家にいても積み残したり継続中の仕事について考えてしまう。うっかりついでにうんざりするのが関の山。
風呂上がりにスーツ姿で寛ぐサラリーマンがいないように、仕事の自分は所詮仕事用の自分でしかない。
部屋着の自分になる事を心から欲する自分がいる。

そんな訳である晩、同じく仕事に首まで浸かりつつある妻君と、ある企てをする事を思い付く。

別に大した事じゃない。週末に家族旅行をしようって話。
たまの二日、生活の場所を変えて仕事の入り込む隙を無くす事で、頭の中がリフレッシュできるのではないかと、そんなプロジェクト。

場所は蒲郡

道が空いてれば家から一時間弱で着く。
海が綺麗で温泉もある。
美味しい魚もある。
早速宿を予約、
そんなこんなで、この土日は竹島近くの某ホテルで過ごした。



脳科学的には、
リフレッシュの基本は、
普段過剰に使っている脳の部位と、
全く別の場所を刺激する活動をする事が大切らしい。
普段理屈をこねくり回す傾向のある職務内容が多いから、こんな風にぼんやりと風景を描き写す行為は、
妙に気分がすっきりする。



竹島は最近縁結びのパワースポットとしても有名だ。
長い連絡橋を手を繋いで仲睦まじく渡る男女が多い。
近くの水族館はこじんまりとしているが大人気。いつも長蛇の列。







僕は個人的に水族館の水槽の底の方にいる、ぼんやりとした無防備な魚を眺めるのが好きだ。
水族館の楽しみは、そんな脱力系の魚たちを探す事に尽きると勝手に確信する自分。

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コメント

最近、色々あって蒲郡に週に1回行ってます。
エエとこですね~。

投稿: ミヤモト | 2018.06.01 23:11

エエとこですよね〜。
家族が潮干狩りしてる間に、
一人、竹島水族館から程ない場所にある文学館へ行きました。
志賀直哉とか、川端康成、三島由紀夫だとかいった文豪も蒲郡を訪れ、この海や波を愛したのだなあとしみじみしましたよ。
この場所には、感性でものを生み出す人々をやさしく刺激する何かがあったのかもしれませんね。
いやはや蒲郡
エエとこですわ〜

投稿: tkm | 2018.06.03 22:45

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