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ソロモンク 1995

セロニアス・モンクの
「ソロモンク」ってアルバムを
今夜は聴いています。
1965年録音。コロンビアレコード。

僕がこのアルバムを手にしたのは1995年。
JR甲府駅ビルの新星堂で輸入盤のCDを買ってきて、
下宿で何度も何度も聴いていた。
若い頃にこうやって聴いた音は、
その頃に感じた事、
例えば風の匂いだとか、
壁や絨毯の感触、
肌に感じる気温など、
全部ひっくるめた感覚の記憶とともに、
一生変わらない個人的な価値を持っていると、
当時の僕は
知っていたか、
知らなかったか、
二十年以上の時間を経て、
その実僕は、
今それを、こうして感じている。

昔、作家の景山民夫が、
テレビの番組で
このアルバムを夜中に一人で聴いていると、
仕事がはかどるって言ってた。
その彼は1998年に自宅書斎でプラモデル作ってる時に火事で亡くなったらしいけど。

僕は1995年、
山梨の下宿でこの「ソロモンク」を、夜な夜なプレイヤーで再生しながら、
セブンイレブンで買ったジンライムを、
安物のグラスに入れて飲んでいた。

そのせいか、
僕はこんな歳になった今でも、
この1965年録音、
コロンビアレコードによるところの、
セロニアスモンク演奏による
「ソロモンク」を聴くと、
スーツの肩パットでいかり肩の景山民夫と、
まずいジンライムを思い出す。

青春ってのは、
失ってしばらくしてから、
わかるもんだよって、
言ったのは、誰だったか。
いつの飲み会だったか。
もう忘れちゃったけど、
あれは本当というか、
そもそも常識だったのですね。
あの頃はわかんなかった。
こんな日々はずっと続くのさって、
それこそ小沢健二じゃないけど、
何の疑いもなく思ってた。
それか若いって事の良さでもある。

ビートで区切る事で、
人は時間を前へ進めて、
早く経過させる事が可能だ。
確かにその間の密度は高まるけど、
終わりに向けて疾走する時間感覚は、
所詮時間そのものを、
消費する行為の、
以上でも以下でもない。

目的に向かって何かをする時、
時間はあっという間に過ぎ去るけど、
目的自体を探し求める時には、
時間はゆっくりと流れるのだということは、
どうやら確かなんじゃないかなあ。







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