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2018年2月

アンプラグド

Eric Claptonの「unplugged」を聴く。
リリースは1992年。
当時の僕は高校生。
親の眠った隙に受験勉強のふりをして
戸棚にあった父親のサントリーオールドをバレない程度にひっかけて、
Lonely strangerあたりからの感じに酔っていた。

当時のアイドルは、
ドリカムでもB’zでもなく、
むしろスタンゲッツやチェットベイカーだったけど、

このアルバムは古くさいJAZZばかり聴いていた僕でも、夢中になる何かがあったのだろう。
今夜はその頃の思い出を、仕事帰りにコンビニで手に入れたトリスハイボールで解凍しながら、
グラスの氷とともに、カラカラと解凍している。

今思うと随分と老けた高校生だった。
中学時代何もしなくても成績は学校中で一位二位だった秀才が、
いい気になって高校も同じようにしていたらいつしか赤点だらけ。
ふてくされていたと言えば聞こえがいいが。

そもそも物理の公式をテストの度に毎回イチから組み直して解いていたせいだ。
何も考えずに公式にぶっ込めばいいのに。
イチから論理を組み立てようとするから、
テストも時間内に終わらない。
まるでリックや手癖を完全に否定して
無からその場でアドリブをしようとするのと一緒だ。

案の定成績は下降線をたどる。
周りの友達の立ち居振る舞いの変化には酷く傷つけられた。
部活の帰り道、自転車で帰る自分の影をじっと見つめる。
このイメージを油絵で描いたら、
みんなをあっ言わせる、
いい絵になるかななんて一人で妄想する。
今考えれば馬鹿馬鹿しいというか幼すぎるけど、
当時の僕の頭の中は、
厭世的な気分でいっぱい。
中学時代にわざとらしい敬語で、
どうしたら勉強できるようになるのですかと
尋ねてきた時計屋の息子は、
高校二年の夏には、廊下を歩く僕から目をそらすようになった。
進学校というのは少なからず、
そういった傾向がある。
今はあの頃ほど大学は狭き門じゃないから、
そんなコンプレックスなんて感じなくても生きられるかもしれないが、
当時は少なからずそうだった。

立っているために、
僕は新しい価値観を自分で築かなくてはいけなかった。
たとえ仮設であったとしても。

仲間がいたらまた違ったろう。
その点では恵まれなかった。
だから結局は自分一人で作るしかなかった。

10代に学んだ大切な事は、
一人きりで考えるということ。
まわりはあてにならない。
自分だけで感じ自分で考えるしかない。
なんて書くとちょっと勇敢に聞こえるかもしれない。
でも半分追い込まれるように
逃げるみたいにしてたどり着いた対処法だから、
ブザマと言えば無様。

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羊飼いも羊も、深く考える余裕はないかもしれないが

夕闇が山肌を紫に染める頃、
羊の群れが牧羊犬に追い立てられながら、
麓の小屋に集められる。
狭い中に集まる羊たち。
思いのままに動くことのできる範囲を限定された個体は、
その解消不能となった感情を隣人への憎悪によって解消する。
つまりは「あいつのせいで」というやつである。
本音を言えば、
ターゲットは誰でもいい。
誰でもいいということはつまり、
ターゲットにしやすい誰かこそが、
一番ターゲットになりやすいということだ。

僕はつまりは、
その役回りのエアーポケットに、
すっぽりと収まってしまう運命だったのだろうか。

そう思った時、
僕は昔以上に他人と目を合わせる事を避けるようになった。

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木の芽時

木の芽時

昔の人は、上手いこと言ったものだ。
この寒暖差は、精神的によくない。
知らない間に広がる黒い雨雲。

朝、通勤のBGMに
カーティスフラーの「ブルースエット」を聴いたのもよくなかった。
ベニーゴルソンの煮え切らないテナーサックスは、そこまで嫌いじゃないけれど、でもこの時期に聴いたのは間違いだった。
音楽を聴いて胸焼けがする事なんて滅多にないけれど、
今朝はひどく落ち込んだ。
クラクラしながら
駐車場から職場まで歩く。

そして帰りには
太宰治じゃないけど、
生まれてすいませんみたいな気分で、
車のドアをバタンと閉め、
阿部薫のチンドン屋風アルトサックスの嗚咽を大音量で流しながら、
春の粉っぽい空気に霞んだ農道をぼんやりと走ることになる。

歳をとると肌の弾力がなくなるらしいが、
心の弾力も、きっと加齢とともになくなっいくのてはないだろうか。
これまで大して気にもしなかった他人の一言が、
弾力のない弱った心にとっては、
衝撃波のように食い込んで捻じ込まれてゆく。
跳ね返せないのは、
つまりは自己の変性を止められないという事である。
一言で云うなら、
やられてしまうのだと思う。

どんなに優しい社交辞令の
気の利いたパッケージをまとわせたところで、
人のささいな悪意というものは、
さながら放射性物質から放たれるγ線よろしく、
鈍く重く
心の奥にまでダメージを与える。
表面上は数ミリの穴。
しかし内部は取り返しのつかないくらいにえぐり取られている。
まるで殺傷能力の強いライフル銃による
回転する弾丸が肉片に刻んだ銃槍のようだ。
入り口は小さいが出口は大きい。

僕は昔から生まれつき、
その手の感性のアンテナが、
おそらく無防備だったのだろう。
その事がつまりは
これまでの人生を生きづらくしているのだと、
頭ではわかっている。
わかっていながらしかし、
今現在、刻一刻となされる諸々の事象に対して、
心的体力の落ちた僕のメーターは、
いともたやすく基準値を振り切ってしまうわけで
無防備な心は、
いつも瀕死であったらしい。
らしいと言うのは
当時は意識してなかったという事。

無防備であるのを、
本能的に嗅覚で感じ取る人がいる。
善意からではない。
彼らは実に巧妙に、その無防備さを利用して、
最終的に他人を支配する。
意識的にせよ
無意識的にせよ。

時に優しい人々は、
決まって僕に言う。
休息が必要だと。

けれども、
そもそも休息自体が難しいのだ。
ベッドに身体を預けても、
ソファに横になっても、
沸き上がる気持ちは、
結局おさえられない。

somewhere
over the rainbow

虹の先に何かが見える時代は、
もう終わってしまった。
それこそが
砂漠のラクダに結わえた氷砂糖だったはずなのに。




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10年



久しぶりに楽器を弾く。
などと言っても、三日ぶりだけど。

銀色の楽器ケースを開けて、飴色の愛器と再会。
2007年製のブダペスト生まれ。
作者はストラディバリウスとかグァルネリデルジェスのレプリカを得意だと、あの日店員が話していたのを思い出した。一番太い弦を弾くと裏板がビンビン響いた。
弾く事で身体がどんどん暖かくなる感触。
普段買い物に関しては、慎重に慎重を重ね、
熟考したあげく結局は買わないような僕が、
弾いたその場で意思を固めた。2008年のこと。
あれから10年。

楽器の反応が良いという事は、
演奏面で大きな影響があったと思う。
何かを意図して楽器に働きかけ、
それに対して何らかの反応が楽器からあり、
またそれを感じる事で次の働きかけを生み出す。
一種のコミュニケーションだと思う。
楽器と人とがやりとりしながら、
お互いに育ってゆく。
そんな僕と楽器との閉じた時間が、
この10年、
崩れかけそうになる僕自身の心を、
どれだけ支えてくれた事だろう。

楽器をケースから取り出し、
左の鎖骨にのせる。
鎖骨に裏板の縁が当たりコツンと響く。
この音を聴くのが好きだ。
身体と楽器が握手する。
箱の響きを自分の胸郭の一部だと受け入れる感じ。
Bluetoothのペアリングみたい。
この感覚を大事にしたいから、
肩当ては使っていない。

弓を手にする。弓を持ったまま右手の小指でクルクルとネジを巻く。
弓の張りを作るためだ。
弓の毛は季節の変化に気付かせてくれる。
湿度のせいだと思うが春は若干ゆるむ。
弦を鳴らすと楽器も響くが、
弓も響いている。
弦から浮かすのと弦に押し付けるのとの中間の、
しっかりと詰まった充実感の先に、
弓の響きが生まれるようだ。
僕は演奏技術が足りないから、
その状態を思うままに再現できないけれど、
ふとした時に色んなもの、
弦の響きだとか、楽器の箱、弓の幹が共鳴しあって、
同時にそこに触れている自分自身も震えていると感じられた時の、
例えば毛布にくるまれながら、
優しく抱きしめられたような、
あの安心感は、
かけがえのないものだと、いつも思う。

ゆっくりとボウイングを始める。
はじめはG線、
弓の根元から先まで。
大きな太い線を塗りつぶすみたいに。
弓の返しの直前まで息を込める。
弓の長さを感じながら、
自分の身体が空間の中でどれだけの範囲に存在しているかを身体で感じる。
隣の弦に移る。D線。
一番無理のない音がする。
両隣の弦からの共鳴によるサポートが得やすいからか、
弦自体の響きがよくわかる。
A線。
少し頼りないけれどプレーンな音。
そしてE線。
外交的な音。
我が強くなるとなぜかわからないけど音が下品になる。
所詮こんな細い弦だけでは、世界を揺すぶる事なんてできないんだ。
身の丈を知るE線の響きは、もっと透明で清潔感のある音なのかもしれない。
未熟な僕には、なかなかそんな音
出せないけれど。

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うっかりからびっくり

知らない間にAmazonのプライム会員になっていたらしい。
年会費払っちゃったし、
しょうがないので、
会員特典をなるべく活用しようと
プライムミュージックなるものを使うことに。

iPhone経由でカーステレオにBluetoothで飛ばし、通勤のBGMとして使う。
JAZZのアルバムが比較的充実しているので、なかなか重宝している。
昔から欲しいなあと思っていながら、なかなか手に入れる機会のなかったリーコニッツの「サブコンシャスリー」とかリッチーカミューカのアルバムなんかをフルで聴き放題。
うっかりハマってしまった。
これじゃあCD買う気も失せてしまう。

こういったシステムのいいのは、
とっつきにくいけど、ちょっと気になるといったジャンルの音楽に対して、金銭的なリスクをそれほどかけずに冒険ができるという事。その意味では、音楽の聴き方の幅を大いに広げる事になるのかもしれない。
アルバートアイラーや坂田明のアルバムを、二、三千円投資して手に入れる覚悟。
CDを買うのは躊躇したけれど、聴いたらやっぱり良かった。
なんて事が気軽にできることは、
幸せな事だと思う。
圧縮音源だけれど、でもソフトを再生する際の動作音は殆ど無いし、通勤のBGMなら全く問題ない。



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おつとめ品

近所のコンビニに寄ったら、
来月から改装する関係で在庫処分が始まっていた。
JINROの1.8Lペットボトルに、「おつとめ品」のラベル。
なんと600円!
破格だ。これは買いだ。

そんな訳で今夜は眞露をウヰルキンソンで割って飲んでいる。
平昌だから…なんて野暮なことは言わない。



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感覚過敏とハードロック、それからスティーブライヒについて

土曜、午後一時過ぎ
家に帰るため、駅で準急に乗り込む。
車内はそこそこ混み合っている。
空港行きの列車だ。
4割くらいの乗客の傍には大きなスーツケースが置かれている。レジャーの人もいればビジネスの人もいる。
誰かデパートで惣菜か弁当を買ったのか、揚げ物の匂いがする。それと冬物の衣服の匂いが混ざり合い、暖房の風でかくはんされる。
思わずポケットから不織布のマスクを取り出した。
煙草を吸うのをやめてから、やけに匂いに敏感になった。
喫煙は人の感覚を少しだけ麻痺させる効果がある。敏感な人間にとってこういったものは、まわりの世界に圧倒されず、真っ当に味わうためのツールになる。
当然アルコールにもその効果はあると思う。
ドア脇から外を眺める。

僕が中学、高校の時分、
母は街の小さな楽器店でパートをしていた。
CDの仕入れ担当だった。
毎晩居間のこたつで、母が新譜カタログを見ながら注文を決めているのをテレビを横目にぼんやりと眺めていた。ポリドールや東芝EMI、CBSソニーにポニーキャニオン。
たまに置いてあるカタログをめくって、「このCD、欲しいんだけど」とか言って、他と一緒に注文してもらっていた。その頃買ってもらったCDは、僕の思春期に僅かながら淡い彩りを与えてくれた。
勿論今も大切に聴いている。
スタンゲッツの「ピープルタイム」、
パットメセニーの「シークレットストーリー」

何が売れるかをリサーチするために、
毎週、母はMTVを録画して研究していた。
ボビーブラウンとか、ニルバーナとか。
僕のお気に入りはモコモコの帽子を被ったジャミロクワイだったが、
母はヨーロッパというイケメンハードロックバンドが好きだった。
「ファイナルカウントダウン」
ヨーロッパに限らず、エアロスミスだとか、ガンズアンドローゼズとか。
いつしか僕の周りにハードロックが流れるようになった。
エクストリームの「ポルノグラフィティ」を母が持って帰った時は、ウブで繊細な僕は僕なりに随分と動揺したものだ。
あのアルバムに入っているmore than wordsは名曲だけど、当時の僕はあのアルバムジャケットの怪しさだけで既にノックアウトだった。

僕がロックが好きになったのは大学に入ってから。
カティサークをガブ飲みしてフラフラで音楽を聴くようになってからだ。以前はエレキギターの歪んだ音に、ただ圧倒されてしまいヘトヘトだったが、アルコールによって感覚が麻痺してしまうと、その音圧がいい具合に心地よかった。


列車は高架を走る。
遠くに埋め立て地。工場からたくさんの煙。
車内の騒音をフィルターするために、
耳にイヤホンを突っ込んだ。
ノイズキャンセリング機能にやわな僕は今でも救われている。聴いているのは、ロックでもジャズでもなく

スティーブライヒの
「ディファレントトレインズ」

from N.Y. to Los Angeles

ちなみに僕の乗るこの列車は、
ロサンゼルスには向かわない。


ハードロックといえば、
ブラ1にハードロック感じてオケやろうと思った先輩を思い出す。
山梨の大学にいた頃のこと。
その先輩は学生オーケストラでチェロを弾いていた。「あの冒頭のツェーってのが、ハードロックだあ」って感動したらしい。飲み会の度に話してた。今でもよく覚えている。同い年のビオラの友達はBON JOVIが好きだった。カラオケで歌う発音は抜群だった。


列車はガタゴト。
イヤホンからライヒ。



この曲は繰り返される単語のフレーズに音高を当てはめて弦楽器で弾く。
往年の名番組「笑っていいとも!」の伝説のコーナー「サックスは最高」を思い出す。
小倉久寛がテナーサックスである単語を模倣して、聴いた回答者が何を言ったか当てるクイズだ。
どうでもいい話。

そうこうしていたら、
いつの間にか目的の駅に着く。
外は曇り空。
雨がホームの端に、
ポツポツと淡墨のドットを並べている。



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何も考えずにはいられない

最近仕事にあまり興味が持てない。
元々仕事は好きではなかったけれど。

黙って与えられた仕事をこなしてりゃいいものを、
つい深追いして考えるから、こんな事になってしまう。
流れにうまく乗っかっている人は、その流れの本質を疑おうなんてそもそも考えない。

自分の頭で考えなきゃなんて昔から考えていたが、
世の中なんてものは、
一匹の孤独な自意識なぞ、まるで道端に落ちたバッタの死骸くらいにしか考えない。
必要なら大きな鋼の歯車で、0.1秒のタイムロスも生み出さず、ジュリジュリと微塵にすり潰すことだって可能である。それが現代社会である。

仕事にうんざりしたら休憩時間に散歩に出かける。
タバコ屋の向かいの道を行くと長い階段。
登りきれば高台から近くの農業高校が見渡せる。
坂を下り自動車学校を通り過ぎて帰る。
約20分の現実逃避。

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風邪をひく

金曜の夜から微熱と鼻水
くしゃみに咳
つまりは風邪をひいてしまい、
横になるも鼻が詰まってるせいか熟睡できず、
おかげで短編の悪夢を五本立てくらい観る始末。

夢にもいろんな夢があって、
良質のものは誰が考えたのかしらと、(自分しかいないのだけど)思ってしまう程、神秘的かつ独創的な物語もあれば、ただただ日常の延長でしかない、(それは大抵嫌な日常であったりする)ストレス以外の何者でもない夢もある。
今回は後者のやつ。やたらと仕事の夢。
休日の夜中に熱にうなされながら、
なぜ仕事の夢なぞみるのだ。
実にがっかりである。

日曜になって、
やっと不調の山を越え、
少しずつ足腰が立つようになってきた。
多分呼吸器に負担があるのだろう、
肩甲骨と肩甲骨の間、それから胸の上部から首にかけて、カチコチに固まってしまっている。
あと腰の上のほう、これは下後鋸筋という筋肉。これも呼吸に関わる筋肉で、そいつも痛い。
つまりは背中が痛くて
猫背になって息苦しいって事なんだけれど。

今日は立春。
それはあくまで暦の上での事かと思っていた。
午後に家族で近所の広場で遊んだ帰りに、
家の駐車場で死にかけのバッタを見つけた。
黄緑色のバッタ。
片脚がもげている。
娘が指でつつくと微かに動く。
「あ、まだ生きてるよ」
とそばで見つめる息子。
昨日今日の温かさに間違って出てきてしまったのか、
生まれて初めて見た世界は、
孤独でしかなかったのか。
力尽きたバッタを見ていたら、
昔テレビで見た映画を思い出した。
古い映画だ。
ラストシーン。
チャールトン・ヘストンが、なんてこったあと頭を抱える。
そこには砂に埋まる自由の女神像。

帰ったあとリビングでぼんやりしていたら、
部屋に差し込む陽の光が、ほんわかと浮き足立っているのに気づいた。
これは経験のなせる技。
こういった感覚は、それを体験した昔の記憶が呼び覚まされる事でより意識される。

それは大学時代の学生オケの合宿。
合宿が始まるのは、
それ自体もっと先の話。
たしか2月後半か3月初旬のこと。
だけど、あのけむっぽいような、
何とも言えないまとわりつく暖気。
あれが春という憂鬱を運んでくるのだと経験上知っている。

確かに春は来ているらしい。
身体は感じていた。
そういえば通勤途中に見た道路脇の蝋梅は、すでに満開だった。梅が咲く春を迎える準備はできている。

地球の公転と地軸の傾きの加減が生み出すこの現象が、
人の潜在的な感覚にこれほどに影響を及ぼすとは。

バッタの悲劇を想う。

野口整体の野口晴哉流に云うなら、
僕の風邪は、
つまりはあのバッタと同じ。
身体が先回りして、
春になってしまった事が原因かもしれない。
まだ二月になったばかり。
もうひと寒、
来るんじゃないの?
と、意識の僕は思うけど、
無意識のあなた、
どう思う?





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