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2017年11月

キャロル・キング music

気乗りしない出勤の道。
11月の終わりの朝もやが、
朝日を浴びて地上数メートル上に漂う
黄金色に霞んだ空気の中、農道を
茶色のデイズでひた走る。

今朝選んだBGMは、
キャロル・キング。

tapestryではなく、music。

たしかに、tapestryは名盤だと思う。
so far awayも、you've got a friendも、
natural womanも、名曲だと思う。

でも、結局よく聴いてるのは
musicの方。
こちらも、間違いなく名盤だと思う。

初めて聴いたのは19歳。
大学近くの中古屋でCDを手に入れた。
ビーチボーイズのベスト盤と迷って、こっちを選んだ。価格は1200円。
今の感覚だとちょっと高めだけど、
当時は洋楽のCDは再発の物も2500円の時代。
中古の1200円は妥当な額だった。

家賃25000円の木造アパートの二階。
古い建物だから窓が低くて
床に座ると肩くらいに窓がある。
南からの日差しを背中に浴びて
セーターを着た自分の影を眺めながら、
ただぼんやりと、
何度も何度も。
最初から最後まで、
聴いていた。
アナログのモコモコした霞みがかった音が、
晩秋の陽光の温かさをまとい、
高い空に綿毛のように舞い上がる様を
スピーカーからの音を浴びながら、
自分の体験として染み込ませていたのだと思う。

そういったタイプの音楽体験は一生ものである。
時は1996年、
当時巷で流れていたのは、
Mr.Childrenやウルフルズ、
My Little Loverやイエローモンキーだったけど。

先日、テレビでそのキャロル・キングの2016年ロンドンでのライブを観た。
もう70過ぎてるのに、相変わらずナチュラルでチャーミングな歌声だった。

だいぶ前に書いたかもしれないけれど、
キャロル・キングが何年か前にジェームス・テイラーとリユニオンしたライブを偶然ラジオで聴いた事があった。
それは、たまたま北海道の美瑛にある
JAの駐車場だったんだけど、
晩夏の午後に赤とんぼが高く飛び、これから来る秋を予感させるような夕空の美しさと、
カーラジオから流れる音楽が実によく溶け合っていた。
奥さんが買い物をすませるのを待つ間、(幼い息子は後部座席で寝息をたてていた。)
一人胸を熱くしていたのが懐かしい。
あの時も思った。
この人の声は歳をとらないって。
金色の巻き毛。
陽の光を浴びて、しっとりと輝く。

ふと、我に帰る。
僕は今を生きている。
もし
したいと思えばの話だが
記憶の風景と、 今を結びつける事を望むとしたら
それをできるのは、当事者たる自分自身しかいない。

過去にとらわれすぎるのは不自由だ。
けれど過去というものと、メランコリックにつながる事は、今を少しだけ美しくする触媒くらいには、なるんじゃないかな。



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Chet Baker Sings

今夜はChet Baker のChet BakerSingsを聴いている。
このアルバムを手にしたのは高校時代。
マイクロフォンの発明は、
歌手の歌い方まで変えた。
古くはシナトラのクルーナーヴォイス。
つまりはマイクの側で囁くように歌う事によるsexyな表現。
朗々と響き渡るコロラトゥーラの歌声ではなく、
よりintimateな歌。
マイクロフォンを通じて、歌手の囁きが
直接聞き手に伝わる。
その効果を巧妙に利用したのが、
このChet Bakerなんだろうなあ。
My Funny Valeotineなんて、まさに確信犯。
あのルックスで、これやられたら、
当時のご婦人たちは、たまらんかったでしょうね。
稼いだ金は、
ヘロイン、コカインに消えてしまい、
残るはトラウマのみという、
そんな極悪人Chetの人生は抜きにして、
このアルバムの偉大さは、
遠く海を越え、ブラジルのボサノヴァに行き着いたという。
僕は高校時代、
部活から帰ると、ひたすらこのアルバムを聴いていた。
部屋を暗くして、ベッドに寝転がって天井を眺めながら。そして時に一緒に口ずさむ。
ラスフリーマンの春の日差しみたいな優しいピアノの音色が心地いい。
特にお気に入りは14曲目。
look for the silver lining
まだ、若い僕には夢をみる余地があったってことだ。

高校時代の僕は、
少し投げやりな時期だった。
中学生の頃は、特に勉強しなくても
成績は学年トップを維持していた。
高校は地元の進学校へ。
同じような境遇の中で
僕は次第に自分は特別ではないことに気づく。
成績は下降線をたどり、
進学校だから、まわりの扱いも
成績に準じて変化していった。
僕は自分という存在の頼りなさを
おそらく生まれて初めて、これほどまでに実感し
周りの世界に対しても、同様に信頼できなくなっていた。
根本的には、僕自身や僕の周りの環境は変わっていない。
人は、他人のごく一部の、
ある特定の部分でしか見てくれない。
それは、もうしょうがないこと。

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奇妙な理由で始めた3つの習慣について

駐車場から職場に向かう道端の自販機で、
毎朝ペットボトルに入りのミネラルウォーター500mlを二本買う。
これをその日で飲みきる。
その場で一本の蓋を開け、
空を見上げ半分ほどを一気に飲み干す。

以前はこの場所で一本煙草を吸うのが日課だった。
マルボロのアイスブラスト8mm
休み開けの朝や、気の重い仕事がある日は、
一本が二本になる事もあった。

さて、禁煙は今も続いている。
今日で11日目。
不思議と辛さはない。
このまま吸わない事が当たり前だと、
脳が自然に思えるよう、
毎日を生きることで、
新しいプログラムを組んでゆく。

実は今回の禁煙には別の理由もある。
過去の自分を見つめ直す意味。
喫煙の習慣も、飲酒の習慣も無かった頃の自分。
その頃の記憶は、僕の心身にどれ程のレベルでまだ残っているのか。
細胞は循環を繰り返し、もうその頃のものとはすっかり変わってしまっているけれど、
掘り起こす価値はあるのではないだろうかと思った。
うまくわかるように説明する自身はないし、
自分でも本当のところよくわからない。
でもこの作業は今、
この時にやらないといけないような気がした。
根拠もないのに確信だけがある。

禁煙の他にも
今月は、いろいろ新しい事を始めた。
一つは毎晩のジョギング。
禁煙と同様、
厳密に言えば、
健康のためではない。
またマラソン大会に出場するためでもない。
タイムを計ることすら考えていない。
緊張するのはいやだし、自分にプレッシャーをかけるのもいやだ。

手っ取り早い現実逃避である事がその理由。
一人の時間を作れる事と、考える事を制限できることにより、束の間ではあるが現実を忘れられる。
これは煙草の代わりにもなりそうだ。

僕は高校時代、陸上部に在籍していた。
卒業して以来まったく走っていないけど、
身体はあの時の感覚をどれほど覚えているだろうか。
当然、高校の頃は喫煙の習慣も無かった。
身体との対話は、今でも可能だろうか。
イトーヨーカドーでナイキのランニングシューズを買った。高校時代履き潰すほど気に入ってたのもナイキだった。横幅がキュッと締まる感触が懐かしい。


もう一つ始めたこと。
英語の勉強。
これも根本的には実用の目的ではない。
多分英語を喋れるようになりたい訳ではない。人と話をするのは元々得意じゃない。
では、何のために?
これもジョギング同様、
現実逃避である。
人間関係や組織内でのストレス。
これは日本の文化の中での日本語による世界におけるものだと、仮に決めて見てみるならば、
そこでの憂鬱を忘れるには、その世界から外れるツールが一番で、
つまり日本語を見ないというのが外国語の学習の癒し効果なんではないだろうかという、
そんな理由である。
もちろん、これまたジョギング同様、高校時代の自分との再会に向けた自己対話の意味もあるけれど。
別にポルトガル語でもハングル語でもよかったけど、
あえて英語にしたのはそのため。
ある日、iPhoneの設定言語を英語にした。
これだけでちょっと、現実逃避ができる。



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何度目かの禁煙

人生何度目かの禁煙をしている。
禁煙は、これまで何度もしてきた。
1番長かったのは一年半。
多分この日記に、禁煙というカテゴリーで投稿した時期にやったのが最長記録。
この禁煙は、職場のストレスによりもろくも崩れ去った。
喫煙という行為は、僕にとってはある種の自傷行為の意味があるらしい。
らしいというのは、当の喫煙せしめたる本人は、
そんな事など露にも思わじたれど、
恐らくは、社会に生きるひとりの人間として
甘えたい欲求の一つの発露としての自傷行為の一環なのである。
嫌な事があった時に、アルコールにはしるのも同様、
ドラッグに逃げ込むのもまた同義。
しかし、それは癒しではなく一時の慰めであって
それ自体は、何の解決にも寄与しない。
確かに、
人生において甘えは、
必要だと、
僕は密かに思っているのだけれど、
それを自傷行為を通じて達成しようとするのは、
やはり倒錯が過ぎているようにも思う。
だから一度
この流れを外してみる事で、
ゆっくりと自分を見つめてみたいと、
40を過ぎて考えた結果が、
今回の禁煙の直接の動機である。
残念ながら、
健康上の理由ではない。

もともと、1日5本程度しか吸ってなかったから、
ニコチンへの身体的依存はそこまでひどくなかった。
ただ、習慣的なもの、つまり前述のストレスからくる甘えによる慰めの意味によるところの、精神的依存については、正直克服に並々ならぬ時間と労力が注がれる必要を感じている。

禁煙は、喫煙に対する欲求をいかにごまかすかにかかっているのかもしれない。
今回は、かの一年半の禁煙の時に取り入れた
水のがぶ飲みと、運動により
克服を図っている。

今、丁度六日目。
明日の夕方で一週間になる。

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意識無意識

少しずつではあるけれど、精神的に持ち直してきた気がする今日この頃。
不思議なことに、まったく不思議なことなのだけれど、
そのきっかけは、寝ている最中にみた夢だったという、
つまり簡単に言ってしまえば、ユング的な自己治癒なんだけど、
それを実体験した身から言わせてもらえるならば、
本当にやばい時には、
本当にやばくなって初めて、
無意識ってやつは、ものすごい力で動き出す。
昔よく見たテレビのヒーロー物みたいに、
絶体絶命の危機で、もう為すすべもない時に
村の古い言い伝えにある魔神よろしく、
ムクムクと立ち上がるのだ。

僕の場合、それは森の中のコバルトブルーに光る半跏思惟の弥勒菩薩であったのだけど、
今だになんであんなイメージが立ち上がってきたのか分からないけれど、
心というのは、そんな深い森のようなものなのかもしれない。
青春の愛読書は、河合隼雄の「ユング心理学入門」だったくらいだから、
アニマだとかグレートマザーだとか、
アーキタイプについてよく知ってはいたけれど、
まさか自分自身の夢に、それらがヒョイと登場する日が来るなんて、あまり考えていなかった。
でも、振り返ってみると
これまでにも大事な時には、それなりの夢をみていたようで、それが特異なだけあって、今でもいくつか覚えている。

たとえば、村人がみんな片足の人々の村の夢。
これは大学時代にみた。
あまりにインパクトがありすぎて戸惑ったが、
その実僕は身体の不自由な子どもたちと関わる仕事を今に至るまで続けている。
もちろん、その夢をみた頃は、そんな将来についてこれっぽっちも想像してなんかいなかったけれど。
偶然といえば偶然かなあ。
イニシエーションの夢とも解釈できなくもないけど。

アニマといえば、
たとえば、それはあの女性
月夜に怪しく光る程の漆黒の肌をした不思議な女性
当然面識はないけれど、
僕は彼女と星空の下、
石造りの階段の脇で、
一緒に土を練って何だかわからない作品をつくった。
あれはアンリ・ルソーの絵のような、
なんともナイーブな夢。

そして今回は
コバルトブルーの仏像なんだから、
確かに度肝を抜かれる。
ただ、そんな夢をつくるのも
この自分自身だというのもまた事実。
無意識というのは、気難しくてミステリアスな友人のようなもの。
でも、確かに存在していて
現実の僕をちゃんと見ているらしい。
まあ、それが最後の救いでもあるのかもしれないけれど。

夢でしか生きられない自己というのも、
人間は抱えて生きている。
社会的な自分を立ち居振る舞わざるを得ない立場になる年頃になればなるほど、
天秤の向こう側の皿には、それに見合うだけのモノが必要になる。

今夜は月がきれいです。
月は光が当たる部分と、そうでない闇の部分が混在している存在。
だからこそ魅力的なんだと、
そうとしかまだ言えないけど。

地下室にうずくまる自分は、
いつになったら解放されるのか。

彼の存在に既に気づいてしまった。
でも、どうすれば良いのか、
まだ僕にはわからない。

人生に関わるような問題には
意識だけでは到底対処しきれない。
そのことは身体が知っている。
意識と無意識とが、手を取り合って何とかすること。
それは前例も何もないような、
突拍子もない手段によって成就されるかもしれないけれども。




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