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2017年9月

閉鎖の景色

仕事からの帰り道、
星野源の「地獄でなぜ悪い」をリピートしながら帰宅。

僕は産まれた時から、周りからちょっとズレていた人でしたし、そんな自己を抱えながら、
いかに社会に適応しつつ、自分らしさを生かすべきかを、
比喩ではなく本当に神経をすり減らしながら身体で憶え、考えてきた人間です。
個性というものが重宝された時代は、もうとうの昔に終わりました。もともと個性なんて、社会を円滑に回す上では、障害以外の何者でもなかったのかもしれません。
同じようにやっていても、
周りの反応は違うものです。
その事自体は悪ではなくて、
多分ごく自然な事なんでしょう。
僕は周りの世界との親和性について言うなら、
生まれながらに上手くいかない事を、
これまでの人生で嫌という程味わっているものですから、時にそんな世間のステレオタイプに抗ってみたり、
逆に世間受けしやすい自分を演じてみようとしたりしてみたところで、
結局最後は、自分を閉じる事しか考えられなくなる。


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読書の秋

別に何が欲しいわけじゃないけれども、
夜中にダイニングでAmazonを検索。

90年代中頃、若い頃に誰しもが抱くあの悶々とした気持ちを、僕は本屋の棚を隅から隅まで眺める事によって慰めていた。
ジャン・フィリップ・トゥーサンという作家を検索してみる。「浴室」でセンセーショナルにデビューしたフランスの作家。僕は浴室は映画で観たけれど、読んではいない。
確か「カメラ」は読んだ覚えがある。内容は殆ど忘れてしまった。単行本の装丁は、帯の緑色も含めて、何となくは覚えているのだけれど。

「昔は本くらいしか楽しみがなかったし、貸本屋とか友達に借りた小説をひたすら読んでたけど、今はそんな風に小説を読む体力がなくて、読む気になれないわ。」
そう話す母が、パート帰りに買ってきてくれたミニストップのピザを、僕は無言で貪るしかなくて、鼻先を脂でギラつかせながら、そんな事もあるのだなあといった程度に聞いていた。
あの頃の母と今の自分は、
ほぼ同い歳。
そして今僕は、
その頃の母と同様、
小説をゆっくり読む時間も気力も見出せない。

文庫本を買うと、後ろ数ページに関連する書籍の紹介がある。つまりは広告なんだけど、題名と作者名の下に、簡単なあらすじらしきものが数行あって、それを基に次に読む本におもいを巡らすのが好きだった。
中学時代は、父親が昔買い揃えた「日本文学全集」を読み漁っていた。夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、川端康成。あとエラリークイーンとかアガサクリスティーだとかいった海外のミステリーもよく読んだ。
当時流行っていたホーキングの宇宙論も熟読した。ブラックホールについて分かりやすい言葉で書かれてあって、中学生でも十分楽しめた。
本の内容は、ほぼ忘れてしまっても、
その本を読んでいた時の光景は、なぜか覚えている
なんてことがある。
歯医者の待合室の黒いソファと、ヘルマンヘッセ「車輪の下」
中学校の薄暗い図書室と、川端康成「伊豆の踊子」
自転車で通った町の小さな書店と、アガサクリスティー「アクロイド殺人事件」


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祈りの痕跡

絵を描くこと。
二十歳前後の僕にとって、
それは祈りだった。
何に対しての祈りだったのだろう。
大学の大きな部屋。
でっかいイーゼルを立てて、
80号の絵を描いた。
授業の課題だったその絵に行き詰まると、
外の手すりにもたれ、
煙草の煙を夕空に吐き出しながら、
何か分からないものに祈る気持ちで、
次の一筆への活力を待っていた。
インスピレーションという言葉を、
当時の僕は好んでいたが、
今にして思えば、
それは単なる甘えでしかなく、
つまりは、自分の創作意欲に対する責任を、
自分の外に投げ出すような姿勢であった。
まあ、それが若さというもの。
でも、こんな年齢でそれやっちゃあ、粋ではない。
インスピレーションは、待つものではない。
それは、待ってたって現れない。
インスピレーションは受け手に多くを委ねている。
もっと言うなら、
インスピレーションは受けるものではなく、
与えるものなのかもしれない。
つまり、他人と共有するべきものなのかもしれない。

僕が持ってしまったドロドロしたものを、
ドロドロしたままに、心の奥にある地下室に鍵をかけて厳重保管。死んだらそれごと火葬してもらうのが、あるべき姿かもしれないが、
そのドロドロを、他人に伝わるような方法に調理して、この世の中に物体として残す事を願うのも、
またあるべき様なんだと思う。
その時に改めて立ち上がる言葉が、つまりはインスピレーションなのです。インスピレーションは、得るものであり、与えるものでもある。
それに気づいた時、何か痕跡を残したくなる。



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クロッキーの休日 3



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クロッキーの休日 2






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クロッキーの休日






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地下へ向かう螺旋階段につながる扉を探す

最近思うのは、
僕自身の中に、産まれてからこれまでの人生の過程で
生きられなかった自分というのが、心の奥の狭い部屋で膝を抱えて一人寂しく座っているのではないかということ。
前の記事で書いた、幼い自分もある意味そんな自己の一部分かもしれない。
社会で生きるというのは、大人になるというのは、
そういった裏切りを、自分に対して知らず知らずにやっていく側面がある。
そんな気がしてきている。
心は、そんな今の僕に
そっと働きかけてくる。
物事が全くもって上手く回らなくなってしまう時には、
不思議なことなんだけれど、
その深い所に閉じ込められている僕のある側面が、
ひょんな弾みで顔を出して、
何かヒントを与えてくれるものかもしれない。
だから、毎日が生きにくいと感じたり、
歩くために足を持ち上げるのすら難儀になるような時は、
自分自身に降りてゆくしかないのだと、
だんだん気づくようになってきた。

若い時分なら、全てを投げ打って引きこもる事だってできるけど、これ程に植物のつるが絡まったように、社会と親密になってしまった自己を抱えてしまうと、外界と上手く折り合いをつけながら、自分を掘ってゆくような、曲芸じみた事が必要になる。
これは、イチニチフツカでどうにかなるなんてもんじゃなく、
何カ月どころか、何年もかかるかもしれないし、死ぬまでに終わらない可能性すらあるけれど、
多分僕は、もうごまかせない所にいるから、
その自分の奥に降りてゆく螺旋階段へ通じる扉を、探す必要があるのだろうと思う。

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たとえば砂漠の真ん中で、子どもの頃の自分と再会したとしよう

本当に物心ついた頃から、
僕は絵ばかり描いていた。
そうである事が、
まるで当たり前の事実であるかのように。

紙とボールペン。

母親曰く、
幼い僕には、それさえあれば一人で黙々と遊んでいたとの事。
筆圧が弱かったものだから、
鉛筆ではなくて、
ボールペンが良かったのだろう。

僕はそのボールペンで両親を描き、
祖父や祖母を描いた。
動物園に行けば、お菓子の箱の裏にペンギンを描いた。
目に映るものを紙に留める事に夢中だった。
上手くいかないと癇癪を起こし、
泣きじゃくった。

保育園に通うようになっても、
僕はテレビに映るアニメヒーローに夢中になりながら、
紙にそのヒーローを、何枚も何枚も描いた。
テレビの動く映像を見ながら、紙に写し取ったり、
目の奥に焼き付けてから、後で描いたりもした。
僕は、多分今でもガンダム(世にファーストガンダムと呼ばれているロボット)を何も見ずに紙に描く事ができる。

幼い僕は、紙に描く事では飽き足らず、いつしか落書き帳に展開図をかいて、ロボットアニメのヒーローを立体で再現する事に夢中になる。紙とボールペン、それからハサミとセロテープ。

出来上がった作品は、大抵テレビの上に自分で飾った。
その力作を母もきっと自分同様に気に入ってくれるに違いないと、僕は確信していた。幼児とはそういうものである。実際家族はインテリアの邪魔にしかならない紙屑を、僕のようには愛してはくれなかったが、本当にありがたい事に、否定されることはなかった。

それが僕の3歳から5歳までの記憶であり、
それは、多分僕自身の原初的な記憶。

こないだの香嵐渓みたいに、
今でもたまに絵を描く事があるけれど、
そんな時、自分でない誰かが勝手に動き出して描いているような気分になったりする。
それってもしかして、大人になる過程で、心の奥深くにしまわれる事になった、僕なのかもしれないなあと、
ふと思った。

あの幼い僕も、
ちゃんと大事にしなくちゃなあと、
そうは思いながら、
毎日は忙しい。




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まとめないサイト

眠れない夜
風が窓を叩き
手招きして
誘い水を撒く
眠れない夜


なんて泉谷しげるの、
古い歌の歌詞を紐解いて、

つまり今夜
意味なく眠れないのです。


世の中には、生まれつき
生きやすい人と、
生きにくい人がいる。

そんなことは、
それこそ幼児期から
知っていましたが、

こんなふうに、日常的に
特に目立ったきっかけもなく、
眠れなくなる人間は、
改めて考えてみるに、
明らかに生きにくい部類の人なのでしょう。

そんな訳で僕自身は、
物心ついた時から、
生きにくい人間の王道を歩いてきたような変態だから、
よくこの歳まで生きてこれたと思いますし、
この不器用な感受性こそが、
日々生きにくくする諸悪の根源だと
分かってはいるけれど、
薬をたらふく飲んで麻痺させたならば、
それで一件落着かといえば、まあ、仮にそうだとしても、それは僕の人生ではないでしょうね。

じゃあ生まれつきの剥き出しの、過敏性を保ちながら、
キンチョールくらったゴキブリみたいに
イタイイタイなんて言いながら、
クルクルと床上のたうちまわり、無様な姿をさらし、
あの冷ややかな軽蔑の眼差しとともに、多くの人々を引き潮のごとく失望させながら、
これまでも、
そしてこれからも生きてゆくことが、
果たして一個の生として、
求める人生の在り方なのだろうかと考える時、

ただポーッと虚空を眺めるしかないのは、
それはそれとして
僕らしい在り方であり、
同時にたまらなく虚しくもあるのです。


人類は集団生活をする事によって、
その種を維持してきた歴史があります。
社会性こそが、人類の存在意義かもしれない。
同時にそれは
否応なく、個人は所属する集団や時代に影響を受けるという事をも意味します。
パズルピースとしての自己。

それは空気や土のように、
意識できないような、
心の奥深い場所に繋がるような、
そんな深さで、個人の心に影響を与えているのかもしれません。


いきなりですが、
隙間について書いてみたいと思います。

隙間というのは、
人を不安にさせる要素があると僕は思います。
ここで言う隙間というのは、
例えばこんなイメージ



山奥のキャンプ場、
夜は照明を消す。

ふと夜中に目が覚め、
テントの外に出る。

そこには満天の星空。

よくよく眺めると、
実は星が明るいのではなく、
星と星の間が暗いのだということが分かってくる。
闇の暗さによって、星が明るく見える。
それがつまり隙間なのです。

隙間を埋める方向に向かう事自体は、
人間の性として
あっていいとは思う。
しょうがないと思う。

でも最近思うのは、
この隙間を本当にすべて
完璧に埋め立ててしまったら、
きっと人類は滅びてしまうんだという、
ここで言う意味の隙間と、
根源的な人の性との鍔迫り合いにより、
実のところ、
人類は存続しているのかもしれない。

何を偉そうに。
自分の感情すら御する事ができないくせにね。

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