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パガニーニはギターに浮気をしたらしいが

リビングの模様替えをしたどさくさに、
独身の頃買ったヤマハのサイレントガットギターを、
ギタースタンドごと窓際に設置。
楽器というものは、目に見えるところに、
いつでも弾ける状態でさらされると、
目にするたびに手にとって弾きたくなるのが人の本能なのか、
この連休は、ギターを触り倒しています。
The Beatlesのオブラディオブラダは
コードもあまり複雑じゃないようで、
ポールの音域は僕には高いからオクターブ下げて歌っていたら、小二の息子が食いついてきた。
ロックやポップスは、やはり人を惹きつける力が強い。
ギターという楽器は、コミュニケーションに於いて有効だとこの数年で学んだ。

実は昨年まで2年間、
ブラジルにルーツのある子どもたちが沢山いる日本の学校で仕事をした。
ギター(ヴィオロン)を弾けるというのは、彼らにとって何だか特別な事らしく、
ギターがあるだけで、人が集まり、親密な時間が生まれた。
バイオリンでそれは難しいけど、ギターのカジュアルな立ち位置は、やっぱり魅力だと思う。
だから、別に上手くならなくたっていいから、
ギターを声をアシストする道具として使いたいなあと思っている。
ギターを上手く使えば、音楽という裏道を使って、遠い誰かと、ある一瞬であったとしても、
直接的な意味以外でも、
肌触れ合う時間を過ごす事ができる可能性が、
そこに開けるのだから。


そんな訳で、
さっきも書いたけど、
この連休、
僕はギターをちんたら弾いている。

やり過ぎの害で、
左手の指はタコができている。




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