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オジサン化

はみ出したオジサンと
はみ出さずに済むオジサン。
同じオジサンでも、その違いは、
例えば喫茶店で会って数分もすれば判るもの。
それこそ珈琲が冷めるまでもない間に。

はみ出すとかはみ出さないとか気にも留めないのが、はみ出すオジサン。
こんな人は、グランドに放っておいたって、勝手にはみ出ている。

世の中をハスに見て、自己決定の下にはみ出すオジサンは、
かなりヤバい。
だって彼らは、人生をかけてはみ出しているのだから。

僕は、年齢的には、もうオジサンだけど、
比較的オジサンの入口にいる身から言わせてもらうなら、
どんなオジサンになるかは、
実のところ、
自分ではどうにもできないことなのかもしれないと思っている。
そもそも人は、周りの環境との関係において自己を作り出しているのだから、
オジサンの在り方も、単純に自分だけの問題ではないはずです。
勿論、個人の特性は
大いに関係がある。
僕に限って言うならば、
幼少期から、周りと純粋に溶け込めない意識の下に育った自己だから、
オジサン化の過程も、独自の道を歩む事になります。
それが幸せな事なのか、不幸な事なのか。
そんな事はわからない。
ただ、オジサン化する過程も、
自分の、
自分だけの
人生だという事だという事です。

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