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ビルエヴァンスから広がる優しさ

久しぶりの平日休み。
午前9時。
洗濯機を回しながら
リビングのソファーで音楽を聴く。
子供たちは、段ボール箱で工作中。
邪魔にならぬよう、
小さな音量で、
ビルエヴァンスのソロピアノ
「THE SOLO SESSIONS VOL.1」を聴く。
1963年ニューヨーク
リヴァーサイドレーベルのオリンキープニュースが録音したもの。
その演奏は、スタンダード曲のメロディから、
まるで連想するように次々とアドリブが湧いていく、不思議なもの。
アルバム2枚分のセッションは、
たった1日で録音されたのだという。
その日も、彼はいつものように、痩せた猫背の背中で、首をうなだれ、鍵盤を見つめていたのだろうか。

あの独特な翳りをまとったピアノの音は、人々を今も魅了し続け、こうして休日の朝、ソファーに寝転がる一人の中年の、不安に波打つ感情すら、優しく癒している。
南側の窓から降る春の日差しを浴びて、
白い天井を眺める。
庭のオリーブでヒヨドリが鳴いている。

また、ふと思う。
いつものぼんやり。

人と人の、
それぞれの円が、
交わる瞬間について。

それは、水面の波紋のようでもあり、
天体の周回軌道のようでもあり。

気持ちが通じ合うというのは、
厳密には、すごく稀な事なのかもしれない。
気持ちが通じ合う体験は、
大抵は、意志のベクトルが同じ方向に向いただけに過ぎないのかもしれない。

自分が感じたイメージを、
そのまま他人に伝える事は、
思うほど簡単な事ではないのかもしれない。
伝わらないという事を、互いに歩み寄る事で、何となく埋め合わせようとする行為を、
優しさというのかもしれない。

だから、理解できないことや、
分かってもらえないことに対して、
必要以上に悲しくなったり、
腹を立てたりするのは、当たり前の事なのかもしれない。

優しくなるには、分かり合えない事を、まず受け入れる必要があるのやもしれず。

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