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一瞬を与えられし場所にあって、時の繋がりをでっちあげる妄想




三角は、丸にはなれないけれど、
三角は三角として、
三角なりに
日々を生ききること。


地球上の空間の、ある一部を担う個々人が、その場に於いて、その一瞬に眺める風景は、他の人では
代わることのできないもの。その意味においては、一つの場所に二人は同時にいられない。

見かけの価値は、状況により自分の身の丈をはるかに越え、夏の入道雲のように、むくむくと広がることもあれば、蟻の糞ほどに、見えなくなることもある。

でも、なんてことはない。
どんな見かけであれ、
それは、他には代えられない一瞬には違いない。
そこに価値を見出すべきは、
他人ではなく、まず自分一人であるはず。
そう信念を持って、言い切りたいのだけれど。

世の中には、様々な人がいる。
程度の差こそあれ、
周りの状況を把握する事が苦手な人もいれば、
周りに自分の意思を伝える事に困難のある人もいる。
たいてい彼らは表面に現れる姿と、内面のギャップによって、日常の一分一秒に於いてさえも、傷ついたり、疲れ切ったり、途方に暮れたりしている。

民族の違い、宗教の違い、文化の違い、ライフスタイルの違い、経済状況の違い。そこに、認知の仕方の違いも加えたっていいはず。
違いに右往左往し、苦しみながら大人になる子供が、少なからずいるという事が、見える人と見えない人がいる。
見えない事が悪いとか、見える事が偉いとか、そんなこと言うつもりはないし、そんな事はくだらない事。
ただ、もしそれが見えたならば、
それについて、考えなければならない。
橋をかけなくてはいけない。

今は夜中の11時。
また夜更かししてしまった。
アルコールと、音楽。
古いブラジルの歌謡曲。

十字架に愛を誓ったっていうのに、
君は心変わりをしてしまった

そんな意味の歌詞の古い歌。
歌うはオルランドシルヴァ
1942年の録音らしい。

古い記憶と、
現在が繋がる瞬間。

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