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足の裏が痒くなる話

目に見えるものは、割に人々の共感を得やすい。
多くの人は、視覚的な情報を頼りに
多くの事を把握する傾向があるとも思う。
しかし、こと目に見えない事に関しては、
それぞれに捉え方はまちまちで、
いや、それ以前に
不安、そして怒りをごっちゃ混ぜにした混乱の中で、
路頭に迷う事になる。

それを、争いによる淘汰という解決で何とかしようという発想は、生命としては自然な成り行きかもしれないけれど、
そうじゃない形で何とかしようとしてきたのが、人類の歴史なのかもしれない。

それを神の領域だとした時代もあったけれど、今僕が生きる時代は、自分たちで何とかしようという世界。
一応、そんな前提で生きている。
だけど、それは長く険しい、出口の見えない模索の日々。
でも、そこを生きるのが、
人の運命だと言えば、それも然り。

答えは何処にあるかと言われれば、
風の中にあるというのも、
あながち間違いではないかもしれない。

今を生きるのは、そんなもろもろの一部として、右往左往している事に過ぎないのかもしれない。

でも、広い視野で見るならば、
適当ながら、
真剣に右往左往するって事は、
あながち間違ってはいないんじゃないかなあ。

足下にある大地を踏みしめて
今を味わって生きる。
そんな足の裏を、
僕は持っているだろうか。

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