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セブシックから始まる落書き

セブシックというパンドラの箱を開けてしまったばかりに、ますます修行の色が強くなりつつある今日この頃。
今ハマってるのは、op.1の11番。
移弦の練習なんですが、
これのバリエーションがしつこいくらいありまして、
楽譜が簡単だから、クリア目指して何度もチャレンジ。妙な中毒性があります。
あとop8。
これはポジション移動に特化したやつ。
手の形や親指の位置、肘の動きを確認しながら、冷静に冷静に、抜き足差し足で弾くと気持ちいい。
集中力のない僕は、二つ合わせて30分もやったら頭がウニョウニョになってやめちゃうんだけど、これ一時間とか二時間とか黙々とやれる人は、凄いなあと思います。
僕の使っているセブシックop1は、山梨にいた時に、管弦楽団の部室を整理した際に捨てられていた物です。
初めて学生オケで首席になった時に、op1のはじめの方を、授業後に何もわからずやみくもに延々と弾いていたら、いつしか左指が別な生き物かと思うくらい良く弦を叩くようになって驚いたのを覚えています。
自分の身体を思考錯誤しながら御する営みは、なかなか面白いものです。
バイオリンという楽器と出会えたことは、そういった面でラッキーだったと思います。
この楽器を通じて、僕は自分の身体を解剖学的な見方で見る事ができるようになりましたし、あと、脳でイメージして解決するか、或いは繰り返しを通じて脊髄経由で解決するかといった、問題解決の手段の広がりも、得る事ができました。
この時点で楽器は、既に音を奏でる器である事を超えてしまっていて、自分を考えるツールになってしまったのでした。
だから、極端な話
既にバイオリンを弾く事と、音楽をする事は、同義ではなくバイオリンを弾く事は思索であり音楽は、それとは別の思索的な趣味だと、そう気付いた訳です。

って言ったところで、この事を分かってくれる人なんているんでしょうか。
所詮、トイレの落書き。
希望という名の下に、
今夜も電子データの海に、
当てもない落書きをしただけのこと。

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