« 欲しいものをお預けにしといてさ | トップページ | 無性にジョンレノンを聴きたくなる季節 »

一個のシミから宇宙にとんでく上昇気流のような妄想

クロイツェル41番をさらっています。
難しいけど、ものすごく面白い。
いい曲です。
技術的に難しいけど、
曲としてちゃんと弾こうとすると、もっと難しい。
重音の音は、楽譜の縦軸(同時間内の音の幅)に加えて、横軸(時間軸)の上での繋がりがあり、それが布を織る縦糸と横糸の役割を持っている。
頭がそれを認識し、左手の指が一本一本それを考え、適切な場所を探し、右手がそれを音として空間に投げ出す。
その作業をいかにして自然に行なえるようにしていくか。鏡の前で考える。
肩関節は肩甲骨に接し、鎖骨は肩関節ではなく、肩甲骨に接している。
右手に特化するならば、腕は尺骨側を支点として内転外転をする。
そんな解剖学的な認識は、楽器演奏をする上において、身体を楽にする道しるべになる。
力学的な作業としては、四つの弦が必要に応じた響きを得る手助けをする事と、弦に触れる弓の圧力を、どんな瞬間においても把握しコントロールできる事。
それができた時に、楽器は自然に響きだし、物質が生き物の温かさを得る事ができる。
僕の身体は、骨や筋肉、血管など物質としての質量を持っている。
それを生かすためにどのように使い切るか。

そうした試行錯誤の末に楽器そのものが物質の冷たさから生き物の温かさを身につけた瞬間、
楽器が音楽を語り出す。
それは鎖骨や右手の例えば薬指とかを通じて、僕にささやかな振動を与え、
それは脳に優しくて実体のある充実した感覚を与える。
それが幸せな時間であり、
僕が楽器を弾くことに執着する理由の一つなのかもしれない。
その時世界は、こんな僕にさえYESと言い、僕はまわりの空間と一体になった気分にさえなる。
もちろん、そうなれるのは、稀なことだけれども、
その事を知ってしまったら、
もうやめれません。
そんな気分になれる楽器に出会えたことを、感謝したい。
それはバイオリンでなく、ギターだったかもしれない。
或いは、ホルンだったかもしれない。
サインワインだったかもしれない。
サインワインって知ってますか?
東南アジアの楽器です。
歌は、自分自身と密着し過ぎているけれど、
楽器は、少し離れている。
その距離感が心地良い。
心と身体と物。あと空気、空間。
音の波は広がり、
遠く遠くへ響いてゆく。

音楽は、自然科学と密接に関わっている。特に数学、物理学と近い。
これは直感的な感覚で話していることですが、
ものをどう分けるか、分けたものをどう組み合わせるか。
そこに文明の理知があります。
神の作業を、人が再現しようと試みることは
神の意志を知ろうとする、人の止むことなき欲望であり、
神の意志を知れば、神に近づけるという人の業が、科学を生み出し、哲学を生み出し、そして音楽も生み出した。
なんて、なんの根拠もない思いつきですけど、
僕はそんな御多分に洩れず、
人類の端くれとして、
今夜も楽器に夢中になっています。
これをすると誰かが助かるとか、
金儲けになるとか、
そんなこととは無縁の営み。

僕は楽器を弾くのが大好きです。

|

« 欲しいものをお預けにしといてさ | トップページ | 無性にジョンレノンを聴きたくなる季節 »

ばよりん」カテゴリの記事

ぼんやり日記」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 欲しいものをお預けにしといてさ | トップページ | 無性にジョンレノンを聴きたくなる季節 »