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子供っぽさ

childlikeと、childish。
高校時代に、その違いについて先生が話していたのを
深夜のダイニングでふと思い出す。

僕は、こんな歳になっても
やっぱり子供っぽさが抜けなくて、
大人社会に長くいれば、
そんな自分に対して、落ち込んでしまう事もあるけれど、
僕の場合それは、
childlikeか、
それともchildishか。

たぶん
価値判断は、自分の外にあるってのが、大勢の意見でしょうが、
僕は敢えて、こんな仮説をでっちあげたい。

childishか、childlikeかは、
自分自身でそれを自覚しているかいないかによる。

自覚しているのが、childlike
してないのが、childish
まあ、どっちだって
大人になれない、情けない人間には変わりありませんけど。

職業柄かどうか知りませんが、
人の感じる身体感覚
つまり世に言うボディイメージに興味があって、いろいろ調べたりなんかしてる。
例えば、アレクサンダーテクニークの本とか読んでると、
「上半身と下半身を分けるのは、ウェストではなく、股関節だ」
なんて文章に出くわしたりする。
これを意識するだけで、大げさな話、腰痛が治ったりする。


とんだ思考の飛躍です。
またやってしまった。

何故いきなりchildishとchildlikeの話から、股関節の話に飛んだんでしょう。

つまりはこう。
そもそも、子供と大人の境目はあるのかっていう問いが、そこの間にあったはず。それをすっ飛ばしちゃった。悪い癖です。


僕の場合、
そんなふうに、
年がら年中、
思考はサーフィンを続けている。
これは、ある意味で僕の抱えた病なんだと思う。
この先治る事はまずないでしょう。
もしまがり間違えて治りでもしようもんなら、
恐らく僕は、その時点で僕ではなくなってしまうことでしょう。
空へと舞い上がろうとする凧のような思考を、
時には、手元の糸でコントロールしなくてはならない。
それが、この世の中で生活していくためのスキル。
ただ、これを巧妙にすればするほどに、
人はフリをする事になる。
悲しい性ですね。
ちゃんとそれなりに、自覚できているうちは、
まだ大丈夫。



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