« 日々雑感って、ブログなんて、毎回そんなもんですが | トップページ | ビーチボーイズな秋 »

描くという行為

今の職場には、
職員旅行なるものが、
まだ残っていて
夏の暑い盛りに、
小さなバスで日帰りで、
半島の先っぽと、
その先にある小さな島に行ってきました。

島では、自由行動。
タコで有名な島ですから、
蛸の干物を作るグループもあり、
魚釣りをするグループもあり、
僕みたいに孤独を愛する人間は、
自由行動も可でもあり、

つまり、せっかく夏の海に来たんだったら、
やりたいのは、釣りでも、干物作りでもなく、
風景写生だったという、
全くうんざりするくらい、
個性的な人間です。
こりゃ、集団行動をするにはお互いに苦労が尽きません。そんな境遇を抱えながら生きています。

で、適当な場所を選んで
イーゼルを立てて、
ただ海を描く。
アクリル絵具は乾きが速いから、
どんどん重ね塗りやら、修正やらができる。
絵を描いている時は、
いつも違う自分が降りてくる。
その彼の動きを見ながら、一緒に時を過ごす。
こんな時間の過ごし方は、実に贅沢な事だとは思うけれど、
なにぶんどんなジャンルでもそうだけど、
何かを生み出す行為には、出来上がるものの質を抜きにしても、それなりのエネルギーというものが必要で、
そこには、やはり覚悟が要るのです。
その壁が、
ぼくの場合は、多分少しだけ高いのかもしれない。
これは自意識の高さと比例する問題だと個人的に解釈しています。
この呪縛から解放されれば、筆はキャンバスを縦横無尽に駆け巡る。
いつかの動物園で、お菓子の箱の裏に、夢中でペンギンを描いていた3歳の自分に戻れるのです。

人が生きている意味なんて、
あるかと言われれば、
ないというのが、一番妥当な答なんだけど、
もしかしたら、
僕の場合、
自分の中で望んでいるのは、
この幼い頃に感じていて、
当たり前にあった何かを、
取り戻したいという、
不思議な感情が、ヒントなのかもしれない。
謎は謎のままかもしれない。
あるいは、死ぬ直前に精算されるものかもしれない。
いずれにしろ、確かなのは、
絵を描くたびに、
僕は、何だか懐かしい気分になるということ。
作品自体には、別に価値なんてないけれど、
描くという行為には、
個人的な価値があるらしい。



|

« 日々雑感って、ブログなんて、毎回そんなもんですが | トップページ | ビーチボーイズな秋 »

ぼんやり日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 日々雑感って、ブログなんて、毎回そんなもんですが | トップページ | ビーチボーイズな秋 »