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七夕の夜の妄想記録

七夕の日に晴れるなんて、
僕の住む地域では珍しい事でしたから、
今日の眩しく輝いた濃い青空も、
そして灼熱の太陽も、
それ程気にはならないような
そんな気分になる本日です。
かといって、七夕に関してノスタルジックな思い出はあまりないのですけどね。

今夜ぼんやり思ったのは、
バイオリンって楽器を今でも懲りずに弾いて楽しんでいるのには、
恐らくそれなりな理由があるのではということ。

僕は、音楽は好きですが
幼少期は特に気になるようなものではなかった。
それより絵を描いているのが好きで、
しかもちょっと病的に好きだった。
思春期の嵐の中、その興味は音楽を聞く事に取って代わる事になるのだけれど、
大学で偶然手にした楽器が、バイオリンだったというのは、
ある種運命的なんではないかという、
そんな話。
まあ、運命なんていうのは、
いつも後付けの理由でしかなくて、
しかも、運命なんて言いながら恣意的なものであるのが常ですけど、
それはさておき、
僕が思うのは、
バイオリンのボウイングの動きについてのこと。
弓を動かして持続音を鳴らす擦弦楽器が、
描画活動に於ける筆や鉛筆で線を描く動きのそれと響きあう側面があるという事。
それに気付いた時、僕は無性に嬉しくて
七夕の夜に小躍りしたくなるほどでしたが、
つまりは、バイオリンを弾く右手は
絵を描く右手とシンクロするということ。

ただ、これにはちょっとした落とし穴がある。
僕は左利きで、
絵を描くのは左手だということ。

でも、行為としては
広い視野では同じこと。

どちらもダンスだ。

絵を描く事と、
バイオリンを弾く事。
それから、僕の職業も。

今の僕の仕事は、
障害があって、身体が思うように動かない子供達に教育をするという事。
これは、すごく刺激的な仕事。
この職業に就けた事で
身体の事に対して、哲学的な思考の冒険ができるようになったし、
それは、僕の好きな音楽や楽器を演奏するという行為、あと生まれた時から脳に刷り込まれていた描くという本能と、適度な距離感でリンクしている。
振り返れば、すべてが運命。

ここまで言っておきながら
僕は、その実、
運命論に関しては、
それ程シンパシーを感じているわけではないのですが、
ただ、運命という言葉は、
過去の出来事に一貫性を見出して、
人生の道標にしたいという、
人の宿命的な習性と無関係ではありませんから、
それはそれとして、
にこにこ微笑んで、
受け入れていこうと思います。
決意のある微笑みは、
生き物としての人間の、
そのすべてをかけた強さの表現だと、
他の人はさておいて、僕は思います。

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