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トト姉ちゃんと、スタイルブック



暮しの手帖、
86号についていた付録
「スタイルブック 1946夏」
今、NHKの朝ドラで話題の暮しの手帖ですが、このスタイルブック、
かなりなものでした。
表紙を開いて書いてあるのは、
「どんなに みじめな気持ちでゐるときでも つつましい おしゃれ心を失はないでゐよう」という一文から始まる、
この雑誌創刊時の理念。
この文章は、1946年
つまりそこにあるのは、あの夏から1年後に書かれた
「おしゃれ」という言葉の中にある理念、思い、それが、今の時代にまでひしひしと伝わる、血の通った言葉でした。

「おしゃれ、といへば何か、さしせまった毎日の暮しとは係りのない、浮いた遊びごととか、ひまがあってお金があって、といふひとたちでなけれは出来ないかとのように考へられてはゐないでせうか。」
「けれども、そんな、お金さへあれば美しくなれるとか、ひまがないから、おしゃれが出来ないとか、毎日の暮らしから浮き上がってしまった遊びごとなら、私たちは、おしゃれのことなど考へることは要らないと思ひます。
ほんとのおしゃれとは、そんなものではなかった筈です。」

この力。
この生命力。

物がないから、お金がないから、
だから出来ないのではない。
そこからでも生み出せることが、
おしゃれなんだ。
って、この本は、このあとイラストを交えながら全編にわたり、具体的な形で訴えていきます。
このことが、どれだけの人々を勇気付けた事だろうか。
今の時代に於いても、胸に迫るものがあります。
バブルの頃とは正反対の発想。
でも今の時代だからこそ、
じっくりと耳を傾けたいと、
心が求めている気がする文章でした。
人が本当に血肉をかけて作ったものは、
作品に染み込んで、
それから、何十年も輝きを失わない。
これは本当なのかもしれない。

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