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いたら、びっくりですけどね。

気づけば、楽器を始めてから今年で20年。
オケの曲をさらうにも、技術的な課題は昔に比べれば大分と減りました。
よって、やっと
といってはなんですが、
本来の「さらう」ことを、
ちゃんと味わえるようになってきた気がします。
きっと、しっかりとした教育システムの中で育っていたら、もっと短い時間でやれたんでしょうけど、
趣味としては、いい線いってるんじゃないかなあ。
さらうってことを、
楽しいって思うには、
ある程度の論理性の素地でやっていく土台が必要で、
まあ、勿論そんな意識レベルでなく
音楽の枠組みの中に埋没できる天才は別として、
大抵は長い西洋の文化の中で生まれた
実に論理的な、組織的な仕組みを理解することは、
例えば、数学の証明問題を、
日常の血肉にするような、
そんな部類のことなんでしょうね。
だから、
音楽は、感性のもんじゃない。
とりあえず大雑把に言うところの、
西洋のクラシックと呼ばれる作品については、
感性のもんじゃなくて、
理性のもんなのかもしれなくて、
よくもまあ、あんな理科の実験みたいな音楽を、
鑑賞なんて言葉と共に
知ったかぶりして聴くんだろうと思うのも
一つのやり方ではありますが、
いやはや、
そこで忘れてはならないのは、
その作業を行った、
人の営みでして、
1人の人間が、
限られた時間の中で、
あるシステムの中で生み出した作品について、
システム自体を見るだけでなく、
そのシステムの中での生き様を観るという心構えで接するなら、
音楽は、数式から一歩
文学に近くなる。
何だかわからんくなりやした。
誰もを説得できる、
それこそ神の様な存在として
何千年、何万年も君臨する
巨大な構造物をでっち上げようってのが
その根本の、
地に染み付いた宿命の様なものでして、
日本は、実はそれ
あんまり受け入れができていない。
それがよいことか、
いかんことか、
そんなこと、全然分かんないけど、
東洋の自己の理想って、
道に生える草みたいな自分であれって事かもしれないと、
これは、突き詰めていけばの話ですよ。
そんなこと、思います。
誰も彼も、
きっと心の奥底で、
自分は大きな大きな自然の一部であって、
いつかは、本当の意味で、
物体としてその一部に帰るのだって、
そんな事を、知っている。
その文化背景があるから、
あんなことや、
こんなことできるんですよ。
これって、
凄く怖い一面でもあります。
ああだこうだ、
自分は自分なんて意地はっても
大きな波が打ち寄せたら、
みんな一緒くた。
飲み込まれて、
一緒くた。

あれ?
また、話が逸れました。

テンポについて話そうと思ったのに。

テンポを一定に保つのは、
他人がそのリズムに入っていくための道標を作るため?
音楽で人が繋がるには、
テンポは大切かもしれない?
かもしれませんね。
一定のリズムの刻みは、
信号機に制御された街の道路状況のよう。
ある決まりがあれば、
人は妥協しながら、
一つのミッションを遂行できるわけです。
一義として、
その仕組みを受け入れる事。
さらには、
尚且つ、
その中で自分を探す事。
つまり、
システムの中で、立ち上がる
ある一個人としての感情、
いや、情動は、
人の生み出したちっぽけな仕組みなんて、
安易に抜け出せるような
生の可能性を持ち合わせている。
これは、投資対象としては、
一番ヤバいやつでしょうが、
でも、
それが、あるのとないのとでは、
社会全体の、
つまり社会と呼ばれる処のあれを持っていうなら、
それは、フレッシュさの意味に於いて、
大きな価値観の区分け、枠組みの仕切りにうまく乗っかる寒天ボードの様でありまして、

まあ
いいや。
つまりは、
そう。
つまりは、
仕組みなんて、何だっていいから。
自分経由で感じてみたら、
何か面白い展開があるかもよって、
そんな程度の雑感でした。

こんな、雑感に
もし、間違って共感なんてしよう御方。

あなたは、 僕から見たら
かなり特殊な人。

もしよかったら、
コメントくださいね。

って、いたらびっくりですけどね。

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ぼんやり日記」カテゴリの記事

コメント

こんにちは(*^^*)ご無沙汰致しております。

決まったもの(一例としてのテンポ)の心地良さと、融合性。そして、決め行くことのならない、個々の感性。

その対比と、矛盾との狭間に、人間の生のいとなみが綿々となされているのかもしれません。

近く、お会いしたいです☆
最近の忙しさに忘れていた時間を取り帰るために。

暑さ厳しき折、ご自愛くださいませ。

投稿: こーちゃん☆ | 2015.08.12 08:59

あ、いました。
びっくりです!
まさか、読んでいる人がいるとはっ!
有難い半面、何だかちょっぴり恥ずかしい気さえする程に、
最近は個人的な日記をタラタラと書いてましたから、コメントいただけた事が、それこそ有難いです。
いろいろ制約はありますが、ぜひその合間を縫って、会いたいですね。ぜひぜひ。
コメントありがとうございます!

投稿: tkm | 2015.08.12 21:40

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