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生身のマニエリスム

ネットニュース見ていたら
9頭身のモデルさんってのがいるらしくて、
「10頭身目指します」って、まだ若くて成長期らしくて、そんなこと言ってましたが、
僕は、密かに
8頭身が美人の基準とされたのは、
多分ミロのビーナスがそうだったからで
つまり、8頭身が、丁度いいって事だってことなんじゃないの?
と思った訳で。
まあ、どうでもいいことなんですけど、
ふと頭に浮かんだのが、
マニエリスムという言葉でして
つまり、エルグレコみたいに、
美が感覚から概念へと変革するという、
つまりは人類の文化の発展過程における王道たる
様式化の流れが
ここに生身の人間をネタにとりおこなわれているという、
そのことにあろうことか興奮してしまっていますが、
皆さまお元気に過ごしてますか?

記憶について、
昨日かその前か
たとえアルツハイマーであったとしても
その記憶は脳内に存在するのではないかとの研究について、新聞の記事でありました。

ある意味
人生の比較的若い時期は
社会の中で、あるべき様式なり時間感覚を身につけるための時期ではあるけれど、
ある時代を越えたら、
その先は、記憶を基にした歴史というものを生み出す営みに、活動がシフトするんですよね。
歴史は、記憶の再構成。
ならば、その営みは
人の人生そのものなのかもしれない。
だから、作家は小説を書き、
政治家は大衆に向けて持論を熱く語り、
映画監督は、回収が不可能であっても撮らなくてはならない作品に人生を投げ出す。

ただ、
創る側と、受ける側は
必ずしもリンクしているわけではない。
というか
リンクなんかしている訳がない。

そこを生み出す、
つまり、つながりのシナプスを生み出すことが
双方に課された、
課題なのだと思うのです。

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