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ティラノサウルスは、尻尾を引きずる痕跡を残していなかった。

テレビ、ラジオ、映画、新聞雑誌、
インターネット(ブログ、掲示板、SNS、Twitter、Facebook、LINEなどなど)
世の中にはいろんなメディアがあるけれど、
最近どれも、以前ほど楽しく思えなくなってきた気がします。
今面白いなあと思えるのは、
一部のラジオ番組くらいです。個人的な話です。
テレビや映画がつまらなくなったのは、何も今に始まった事じゃないけれど、
ネットの下らなさは、こんな市井の市民である自分でも感じられるくらいです。
インターネットの存在を知ったのは、
多分95年あたり。
その頃は携帯なんて無くて、ポケベルでした。

そんなことさておき、
とにかく新しいメディアなりコミュニケーションツールの登場は、
人と人との繋がりをより深めていくという、
漠然とした希望を僕らに呼び起こしましたが、

20年後の今は、事情は変わり、
ネットは、社会の縮図であり
バーチャルな空間に人の体臭を濃縮したようなキツイ感情を投げ捨てる

分かりますか?

あのうんざりする気分。

あの感覚

でもどこかで、昔から感じていたなあと思っていたら、
先日、地下鉄のトイレに入って気づきました。

公衆トイレの落書きです。

あれと一緒ですね。

もちろん、
斯く言う僕だって
こうしてブログで、好き勝手話している。
これもトイレの落書きと同じ事。

もっとも最近は、
読む人の共感しやすいような
ポジティブな内容や、
泣けるようなイイ話を書く人も多いって聞きます。

でも、それってすごく難しい事だし、
あと、楽しくない事でもあります。
つまり、それが仕事になってしまうんです。

トイレの落書きと、
この日記は
多分同類です。

というのは、
誰か特定の人にあてたものではなく、
かといって、それ程パブリックなものでもなく、
つまりは世の中に受け入れ先のないような内容のつぶやきを、
胸にひっそりとしまうには心が疲れてしまった人間が、
それこそ穴を掘って
「王様の耳はロバの耳〜」
なんて叫んだりするような感覚で、
夜中に一人書き込むようなものだからです。

くだらないといえば、それまでですし、
何か社会の役に立つかといえば、
全くもって期待できない代物ですが、

僕は、自分で必要を感じて書いています。
世間というのは、理不尽なものです。
でも、少し考えてみれば
社会に有用なものが
僕やあなたにとって、同様に有用な保証なんて
あるわきゃないわけです。

傘張りの浪人が、雨の夜に長屋で黙々と傘を張るのは、何も江戸の何処かで雨に濡れる何処かの誰かを不敏に想っての事ではない。

そう、
僕は僕のために、
こうしてやっている。

例えばネット炎上とかいうの、
あれも、あんなに騒ぎ立てるようなことでしょうか。
所詮トイレの落書きですよ。
そのくらいのパーソナルな空間として、
もうここは機能しなくなってしまったんでしょうか。

結局人は、面と向かって話すより他に
分かり合える可能性を見出しかねる生き物なのかもしれません。
大体分かり合えるなんて、
そう、人と人が分かり合えるなんて、
世間一般で言われているように、
たやすいことじゃないと思います。

分かり合えないけれど、
同じ時間なり空間なりを共有する事で、
何かの繋がりを生み出そうとする。
それは、ある面において出会いの一つの定義となるかもしれない。


完成品としての美しさ。
それは確かに人類の宿命として追い求めるもの。
でも、僕らの生は
今という瞬間の集まりで
それを表に出すには
やはり、その一瞬一瞬を自分であるべきなんだろうとも思います。

成果もミスも、自分の痕跡である。
明日もし、まだ僕の心臓が動いているならば
やっぱり、僕は外に出て
良い悪いに関わらず、
動いてまわりに痕跡を残すことでしょう。
息をして、物を食べ、
排泄し、ゴミを出す。





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