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まとまらない話

人が音を聞くのは耳だというのは、
たぶん半分間違いです。
人は耳だけじゃなく、脳で聞いている。

脳の変化というと、何だか解剖学っぽくなるけれど
思考パターンの変化って考えれば、それは哲学的なイメージを帯びてくるように感じます。

まあ、そんなの何だっていいんですけどね。

多分音楽、特に西洋音楽に関しては
自然科学と深い関係があって、
つまりは、その意味における音楽は、理系であるという、そんな個人的な気持ちがあるのですが、

音楽を聴いてある風景が浮かんだり、
そこまではいかないにしても、気分が盛り上がったり落ち着いたりすることを思う時、
恐らく人間が生理的に心地良いと感じるものが、たまたま数理的に美しかったということにすぎないのかもしれません。

ただ、心地良いと思う音自体は、時代と共に変化していく。
前の時代ならノイズであったような音の関係が、あることを境に、それこそ恋の妙薬の如く、魔的に人の心を惹きつける。

世間一般では、どうだかわかりませんが
僕は、30前後を境に
それこそパソコンのOSのバージョンが変わるように、
思考のパターンが変化しました。
つまり、感性重視、あるいは同時性の集まりである所の、
何だか上手く言えませんが、例えば脳内の発火作用を行動や思考のきっかけとしていた時代から、
面での広がり、あるいは立体的な関係性の構築に変化していくという、
そんな変化が起こりました。

勿論これは僕の場合。
でも、これって脳細胞が生後間もなく驚異的なスピードで死滅していく代わりに、残った者同士がネットワークを作って、全体で動いていくという機能的な変化に沿っているので、
もしかしたら僕に限った事でないかもしれませんね。

さて、そうやって歳をとるにつれて
音楽の聴こえ方も自然と変わるようで、
昔は旋律の美しさに魅了されていたつもりが、
実はハーモニーの変化にうっとりしていたに過ぎないだとか、
まあ、具体的には
ラジオで歌謡曲を聴いても、
ベースとか、あと内声なんかに耳を傾けているんですよね。
ドラムの粘りがたまらんとか、
つまりはまとまりで浴びるというよりは、
少しばかり分析的になるんです。
もちろん、打ち寄せる音の塊から、そうやって色んな音を区分けして把握するには、耳を開かなくてはいけないけれど、
それって、もしかしたら、思考パターンに
影響される問題なんじゃないかなあと

自分でもここまで話して、何が言いたいのか分からなくなってしまいましたが、
つまり、経験というものが、
感性の質を変容させうるものなんだと
そういうふうに感じたと
そんな訳です。


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