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音、音、音

音、音、音。
声。
小さい頃、テープレコーダーに録音した自分の声が、
自分が思っていたのと違っていてショックだったのを思います。
声帯の震えが骨格を響かせて、声になる。
その響きは、その人特有のフォルムが作り上げるもの。
僕には僕の響きがあり、これを読んでいるあなたにはあなたの響きがある訳ですよね。
これは、決まっているもの。僕はきゃりーぱみゅぱみゅみたいな声はどうやったって出せない。(出したいと思ったとしてもです)

今はもう聞こえませんが、
ついこの間まで、夜の草原では虫が鳴いていました。
自分の存在を伝える手段として、音は有効なのは確かなようです。
その昔、平安の貴族が笛を奏でて誘惑したように、
音というものは、それを発する人の感触を誰かに対してリアルに伝える際に、有効な手段でした。


匂い。


確かに。

それも確かに良い方法ですが、
音の方は、匂いよりもちょっとフォーマルですね。
匂いは、より本能に近い。
五感は、それぞれ反応する感覚が違うように思います。本能までの距離が違う。

人間の中には、
そう僕だって、
これを読んでいるあなただってそう。

人間の中には、
その人の中にしかない、
その人特有の、
運命的な謎が隠されている。
遺伝子?
まあ、そういう要素もあるでしょうが、
実感としての話です。

その人特有の命題。

その情報量の深さときたら、
多分自分のいる外の世界と同等なくらいかもしれません。

それを紐解くのはやはり大変な作業だろうけれど、
やりたいとか、やりたくないとかに関わらず、
僕らは生きているなら、
それと対峙せざるを得ないんだと、
そう感じることがあります。

外の世界の自分と同時に、
内の世界の自分がある。

僕の思う僕は、どこにいるのだろう。
外と内の間を行ったり来たり。

この問いに有効なのは、自分の過去の記憶。
あと親の人生の歴史。
もしかしたら、お爺ちゃんお婆ちゃんまで遡る必要もあるやもしれません。

話が大いに逸れました。
音、音、音。
僕はそして、音を出す。


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