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エムパシー

土曜の朝、和室でごろんとしたら
畳の上に、どこから来たのか3ミリ程の小さなカメムシ。洗濯物についてきたのでしょう。
ティッシュでつまんで、はきだしの窓からウッドデッキに放り出す。
外は冷たい雨粒が濡れたデッキに波紋を作っています。
カメムシはその間を歩いています。
雨を除けているのか、除けていないのか、
空爆の中、右も左も分からず逃げ惑うように
せわしなく動いている。
その様子を、窓越しに息子と二人
寝っ転がって眺めている。

車のダッシュボードに2ミリ程の羽虫の死骸があります。
これを見つけたのは夏の盛りの頃
たまに、目にはするけれど、特に片付けるでもなくそのままにしています。
亡骸はフロントガラス越しに夏の光を受け続け
すっかり乾燥してしまい
紫外線で薄く変色しています。
時間の流れは、物質をどんどん変化させていく。

遠い国の砂漠にできる砂の波紋を思う。
その模様は、そこに吹く風が生み出した物。
風の止んだ夜の月明かり
紺色の中に白く光る縞模様。
また、風が吹けば、
その形は崩れ、変化していく。

ダッシュボードの羽虫、今日も片付けず。
いつしかオブジェのようにそこにある。

カーオーディオから、阿部薫のサックス。
ピロピロ
グゲ、ガギョ。
どこへ向かうのか分からない音の流れ。
音楽と自然音の間のグラデーション。
騒音とも取れなくもないですが、
そんなにもうるさくは感じません。
むしろ、もっと押し付けがましい音楽は
世の中に溢れていて
土足で他人の耳に押しかける節操のなさに、
時々うんざりする事もありますが、
音楽の体裁を壊してしまって
生理的な反応を音にすることに向かう事に徹する事で
それは、秋の虫の声に似た体裁を持つようにも思えます。
何を話すかよりも、その声を聞いているような、
その声の間にある人の息、体温を味わうような、
そんな意識で聴く音楽ってものも
世の中には、あるのかもしれません。

モデルハウスの生活感の無い清潔感も良いけれど
人の痕跡が拭いきれない程に染み付いた廃墟にも、それはそれで他に代え難い魅力があります。

人が楽器ケースを開けて、
ポロポロと音出しをする様子を見るのが好きです。
そこには音が産まれる瞬間の、あの何とも言えない感動があります。人の息や体温が音に乗って、聴いている人に届くのです。






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