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秋の花粉症

ああ、煩わしい。
何がって、歳をとるごとに
自分の身体にひっついてくる
あの植物のつるみたいな
世に言うあれです。

僕は自分のパーソナリティは
自分個人の中で精製された、
いや、元からそこにあったと思っていたけれど、

その実、西遊記の孫悟空よろしく
個人というのは本人が気付こうが知らなかろうが、
御釈迦様の手のひらの如き、社会や時代の大きなドブ川の流れに乗っかって、
ただダンスしてるに過ぎないのかもしれないと
そう思うわけです。

それを実感して、
悟っちゃうのか、
あるいは泥の川の流れの中でジタバタするのか、

多分、それが選べることが
個人であることの
幸せなのかもしれません。

僕はどっちがいいか
まだ、決めてません。

例えばこんな考え方もできます。
人は、他の生物同様
人類という種の存続という目的を背負った存在に過ぎない。
それ以上でも、それ以下でもない。
遺伝子を運ぶ容れ物なんだという考えです。
それでいけば、
恐らく僕は子どもが産まれた時点で役目終了。

ただどっこい、
人間は賢いのか馬鹿なのか、
それは神のみが知ることなれど、
文明というものを生み出した。
集団として持続可能なシステムを生み出す事をするようになった。

一人の人間に与えられた時間は当然有限ですから、
自分が死んだ後も、続いて行く物は
神ですよね。
つまり、帰依する対象となるのでしょう。

組織と個人。

個性的すぎることは、
組織の中でどうなのか。

突然変異で産まれた白文鳥は、
マジョリティなる桜文鳥に突つかれ息絶える運命か?

そのことに対して
多分答えはなくて、
まあ、大抵物事の多くは正解なんてまやかしでしょうけど、

ここが多分、
そう、
ここが多分、大事な分岐点なんだと

僕は思っています。

勿論、
個人的に。

多分その事に答えを出そうと考えている人は、
過去に沢山いるわけで、
そんな昔の人と、今の自分が
同時代的に出会うキーワードは
これなんだと
僕は何と無く思っています。

個性的であればある程、
周りは潰しにかかります。
でも、個性的な星の下に生まれたならば、
思うままにしか生きられない。
あとは頭を使って、
その自分を潰そうとしている彼らの中に
自分の形を保ちながら同化できるかって考えるだけです。

ん?
それって、花粉か?






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