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妄想サーフィン

can't take my eyes off youって曲。
邦題は「君の瞳に恋してる」
ボーイズタウンギャングっていうグループが
ディスコ風にアレンジしたのが有名ですが
たまたま先日聴いたんですが、
あれ妙な中毒性がありますよね。
いい曲だなあと思いますけど、なんかヤバいもん入ってんじゃないの?っていう昔見た綺麗な色の清涼飲料水みたいな世界です。
あの曲に合わせて飲み会でイッキさせたらすごいことになりそうです。

余談ですが、動画も違う意味でヤバいです。
こちらのヤバさは何というか、

ただ微笑んでしまいますね。


正しさを求めると、
途端につまらなくなる。

何をいきなり言うのかと、
まあ、いつものやつです。
思考のジャンプ。

正しさを求める時
その正しさとは、
誰にとっての正しさなのか。
それを考え出すと
どつぼにハマる。

誰かにとっての正しさに
自分を合わせようとする時、
大体その誰かがどんな事考えてるかなんて
その人の気分もあるでしょうし、
そこに見合った正しさなんて
まあ、ジャングルの奥地の黄金の都を探すより無謀な試みです。

正しさを考えている時、
それは何かの権威的なものにひっつこうとしている時です。
権威は便利なもんで、上手く使うと人は何か呪文をかけられたみたいにゴーッとやってくる。
でも、その権威的な何かに自分自身が全面的に支配されるとこまでコミットしちゃうと
多分そわそわして、何にもできなくなっちゃう。
僕はそれがすごくダメなんですよね。
上手くやれる人は、上手くそれで生きて死んでいくんでしょうけど
僕の場合、それをやると病気になっちゃう。

そんな事思う時、
生物の多様性について
考えてます。

多様な在り方を、多様なまま飲み込む懐の深さ。
それが世の中の豊かさっちうもんだとしたら、
そんな世の中にするためだったら、
僕は僕を生きることは
意味がある。
あなたがあなたを生きることは
意味がある。
正しさなんて
所詮、ツールに過ぎない。
人を言いくるめるツールに過ぎない。
だから正しさの奴隷になんてなっちゃいかん。

もし正しさを
本当の正しさを求めるならば
こりゃあ道にいる虫だとか草だとかに聞くしかないかもしれません。

彼らは、自分の正しさのままに自分に従ってやっているにすぎなくて、
それは自分であって自分で無いというか

まあ、いいや。

カブト虫は所詮冬は越せない訳です。





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