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フリをする。

今更改めて言うのも何ですが、
僕はかなり変わった子どもだったと思います。
まあ、何せ
4歳の頃の愛読書が、恐竜大図鑑と人体図鑑。
保育園でよく描いていたのは、平安時代の甲冑の絵。直垂って言葉を知ってる園児って、かなり変わってます。油粘土で何を作るかといえば、ブロントサウルスか人体骨格という。

小一の担任の先生が、懇談で母に「あんたの息子は大物になるか、愚者になるかどっちかだ」みたいなことを言うような子どもでした。だって初めての授業参観で、僕のしたことといえば、教科書を逆さにして読んだ事くらいですから。
度胸があるって思ったんでしょうね。担任の先生は。
僕自身は、笑う事なかれ、実はその授業参観はかなり真面目にがんばったつもりだったという、とんだすっとんきょうな。
だから、僕の素の性格は、かなり狂ってるんですよ。

その事をはっきりと気付くまで、いかに苦労したことか。
って、分かんない人にはこの文章、全く共感できないどころか、反感持たれそうです。

まあ、要約すれば、つまりは、かなりな変わり者だったということです。今は上手にやってます。痛い目にも沢山あいましたからね。

ところで僕自身、子ども時分には、
結構早い段階で、
本当の素の自分は周りに合わない
ということに、どことなく勘付いていたようで、
周りの世界と、うまい具合に立ち回る術を身につけていったわけですが、
僕は、そんなに器用な方じゃないから
いろいろと失敗はあったけれど、
自分としては、結構上手くやってきたんだと思います。
ただ、そんな毎日の中で、ちょっと友達を騙している罪悪感みたいな気持ちと、
本当の自分がバレてしまったらどうしようという不安、
それから騙している(フリをしている)側から見た、ある種の冷めた分析、ちょっとした優越感みたいなのも確かにありました。
だからこそ、整理できない漠然とした罪悪感も感じたんだと思います。

まあ、当然のことながら、小学校くらいの僕は、そんな自己分析もなく。
ただただ、悶々と毎日を過ごしていたわけです。

最近社会では、いろんな分類や概念がなされるようになって、
僕みたいな人も世の中に、
厳密には少しずつ違うけれど
いっぱい居ることが分かりました。
だからって、
何にも変わりませんけど。



「フリをする」




この言葉を最近強く思います。
この言葉を聞いたのは、もうずいぶん前のこと。

フリをする。

あんまりいい事に捉えられなさそうな表現ですが、
でも、やっと分かりました。

確かに、的を得ている。

某社の缶コーヒーのCMよろしく、
宇宙人が地球に来て、
地球人のフリをする感じ。

ああ、
やっとわかりました。

フリは大切です。

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