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葡萄を諦めるキツネ

昔話で、イソップかグリムか忘れましたが、
キツネが高いところにある葡萄を、
「あれは酸っぱいから食べない方がいい」
と言って去って行く話があったと思うのですが、
あのキツネのことを、僕はその昔、子供心に何とも間抜けに感じたものでしたが、
でもしかし、だからといって取れるまで毎日毎日、それこそ力尽きるまで葡萄めがけて跳び上がるのが、賢い選択とも言えない気もします。まあ、そうして力尽きるまで葡萄に執着するうちに、多分キツネはその執着している自分自身に執着して、いつしか執着が愛着になっちゃって気持ちよくなってる可能性もあるわけですから、まあ、それもある意味幸せなのかもしれません。

思い通りにならないことを、黙って諦めればいいのだけれども、そこに生まれるちょっとした心の隙間を、人はどうやって埋めるのか。
そこに、生きることのたくましさだとか、醜さだとか、可愛らしさがある気がします。
だから、葡萄を酸っぱいと決めつけた例のキツネだって、そうしたある種の喪失を自分なりに埋めたり誤魔化したりしながら、たくましく生きていると考えるとするのなら、何だか無性に愛おしく思えてくるのです。
諦めないことのみが、美徳と見られることもありますが、
こうして考えてみると、むしろいかに諦めるかということこそが深くて大切な気がするのです。
毎日の生活を通じて、そういった知恵を持つことが、その人をより人間らしくしていく。
これだって美徳だと思うのです。

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