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時代の変化

どんなシチュエーションで目にしたのか、今となっては忘れてしまいましたが、昔の農村の夕飯の風景を写した一枚の白黒写真が、ふと脳裏に浮かびました。
それは、囲炉裏を囲んで家族全員(結構な人数です)が集まって、それぞれに目の前にあるお膳に向って正座している写真です。
食事は、家族の営みの中で重要な場面のような気がします。
食う、寝る、遊ぶ、家族になろう。
なんて、歌の歌詞もあるくらい、
家族の営みの中で食は重要な位置を占めている。
さっきの白黒の写真を見て思ったのは、この中に自分が居たらという想像の下、この時代と今とでは、きっと文化の上で大きな隔たりがあるのだという実感に近い感覚でした。
国が違う訳じゃない。だけど、たかが百年に満たない時間の差で、人はこうも変化してしまうということが、少し感じられた気がしました。
多分、この二十年くらいで日本人の体型は目に見えて変わっています。
最近の若い子と僕たちの世代ではやはり、ちょっと違う。明らかに目に見えて違うのです。
それが親の代からの変化なのか何なのかよくわかりませんが、
その背景に食に関わる文化の変化があるのだと思います。
表面にでている変化だけではおそらくないでしょう。
昔と今とどちらがいいとか、そんな程度の事ではなく、かといって学者じゃないですから広い視野で分析する気なんて少しもありませんが、
今を生きる一凡人として思うのは、自分は今居るこの時代やこの環境について、それが当たり前のように自然にそこにあるものだと考えているフシがあるのだけれど、その実それは必ずしも当然ではないのだということ。在り方は多種多様にあって、その事をいかに実感として体験できるかが、今を意識して生きる上で大切なことなのだということです。
だって、毎晩テーブルを囲むのと、囲炉裏を囲むのとでは、やっぱ違いますよ。
昔の人は、別にそのシチュエーションを意識してなんかいないんだろうけど、時間の経過を経て、その時代に誰しもが当たり前のように感じていた幾つかの事は、きっと抜け落ちていってるんですよね。
それは、多分しょうがないことなんだろうけど、それは何だったのか、知りたい気もします。

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